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7 若頭と小鳥の籠の外
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朔は義兄の家業が金融業だと聞いているが、朔自身が仕事に携わったことはない。
義兄と一緒に同業者と会う機会はあるが、義兄は相手を選んで朔を連れて行った。だから朔の知る同業者は礼儀正しい紳士ばかりで、怖い思いはめったにしなかった。
けれど夕闇の深くなる季節、不穏な出来事があった。
朔と義兄が住む家に、義兄の同業者から贈り物が届いた。
「先日の仕事のお礼に、朔様へお届けするようにと」
先方はそう言って、義兄と朔の前で箱を開いた。
それは手のひらに乗るほどの金の籠だった。それだけではなく、琥珀の止まり木と、銀で出来た小鳥が一羽、籠の中に入っていた。
朔は息をのんで思わず義兄を振り向いた。義兄は目を細めて金の鳥籠を見やって、先方の使者に言った。
「これは結構なものをありがとう。しかし、説明はしていただけるのかな? ……私は一度仕事をご一緒したが、このように過分に友好の意を示してもらうほどのことはしていないよ」
「とんでもない。主はこのたびのことに深く感銘を受けております」
使者は頭を下げたが、下からでも油断ならない目で義兄を見据えて告げる。
「……今後のお仕事のためにもぜひ、お受け取りください」
それが脅しに近い申し出だということは、朔にも伝わっていた。
小鳥の目にはまったエメラルドが恐ろしい魔のように感じていて、目を逸らすことができなかった。
結局、使者が帰るまで朔は鳥籠に近寄ることもできなかった。使者が部屋を出た瞬間、朔はうずくまって、義兄に抱き上げられた。
「怖かったね。ごめんね、さっちゃん。……さ、もう大丈夫」
義兄は朔を抱いて部屋に連れ帰って、その頃には朔には少し熱も出ていた。
その晩、朔は小鳥の目にはまったエメラルドの中に、渦のように呑まれる夢を見た。籠の中の小鳥……それはお前のことだろうと、何か恐ろしいものがささやく声が聞こえた。
けれど翌朝、朝食の場で会った義兄は、朔に優しい声で言った。
「おはよう、さっちゃん。熱が下がってよかった」
義兄は朔の椅子を自ら引いて朔を座らせると、自分はその隣に座って続けた。
「気分は? 朝食は食べられる?」
「……兄さん」
朔は恐る恐る義兄を見上げて問いかける。
「あの小鳥は?」
朔のあいまいな言葉に、義兄はからまった糸を一つずつほどくように教えてくれた。
「盗聴器とか、毒とか、危険なものじゃないことは確かめたよ。ひとまず地下の倉庫に入れてある」
義兄は不快そうに目を細めて言う。
「あちらの若頭には、「女豹」と呼ばれる愛人がいるらしい。でも愛人とさっちゃんを同列に並べるなんて失礼な話だ。今回のお礼に、豹のじゅうたんを贈っておいた」
「え、えと」
朔がうろたえて言葉に詰まると、義兄は朔の目をのぞきこんでおどける。
「大丈夫。先方とは敵対していないから、これは甘噛みみたいなものだよ。さっちゃんは気にしなくていい」
義兄は安心させるように朔の肩を叩いて立ち上がる。
義兄は朔の正面の席に座りなおすと、いつものように涼しげに笑ってみせる。
「小鳥は、さっちゃんが思い出したら見てみるといい。……案外かわいい顔をしていたよ」
そう言って、義兄は朔に朝食を勧めた。
朔はフォークを手に取って食事を始めながら思う。
義兄の言う通り、そのうちには朔もこの世界に慣れる日が来るかもしれない。義兄のように、小鳥の顔がかわいいものだと笑えるときも来るかもしれない。
でも今は、宝石の小鳥は恐々と地下に封じ込めて……朔自身は、義兄のいる暖かな部屋に籠っている。
義兄と一緒に同業者と会う機会はあるが、義兄は相手を選んで朔を連れて行った。だから朔の知る同業者は礼儀正しい紳士ばかりで、怖い思いはめったにしなかった。
けれど夕闇の深くなる季節、不穏な出来事があった。
朔と義兄が住む家に、義兄の同業者から贈り物が届いた。
「先日の仕事のお礼に、朔様へお届けするようにと」
先方はそう言って、義兄と朔の前で箱を開いた。
それは手のひらに乗るほどの金の籠だった。それだけではなく、琥珀の止まり木と、銀で出来た小鳥が一羽、籠の中に入っていた。
朔は息をのんで思わず義兄を振り向いた。義兄は目を細めて金の鳥籠を見やって、先方の使者に言った。
「これは結構なものをありがとう。しかし、説明はしていただけるのかな? ……私は一度仕事をご一緒したが、このように過分に友好の意を示してもらうほどのことはしていないよ」
「とんでもない。主はこのたびのことに深く感銘を受けております」
使者は頭を下げたが、下からでも油断ならない目で義兄を見据えて告げる。
「……今後のお仕事のためにもぜひ、お受け取りください」
それが脅しに近い申し出だということは、朔にも伝わっていた。
小鳥の目にはまったエメラルドが恐ろしい魔のように感じていて、目を逸らすことができなかった。
結局、使者が帰るまで朔は鳥籠に近寄ることもできなかった。使者が部屋を出た瞬間、朔はうずくまって、義兄に抱き上げられた。
「怖かったね。ごめんね、さっちゃん。……さ、もう大丈夫」
義兄は朔を抱いて部屋に連れ帰って、その頃には朔には少し熱も出ていた。
その晩、朔は小鳥の目にはまったエメラルドの中に、渦のように呑まれる夢を見た。籠の中の小鳥……それはお前のことだろうと、何か恐ろしいものがささやく声が聞こえた。
けれど翌朝、朝食の場で会った義兄は、朔に優しい声で言った。
「おはよう、さっちゃん。熱が下がってよかった」
義兄は朔の椅子を自ら引いて朔を座らせると、自分はその隣に座って続けた。
「気分は? 朝食は食べられる?」
「……兄さん」
朔は恐る恐る義兄を見上げて問いかける。
「あの小鳥は?」
朔のあいまいな言葉に、義兄はからまった糸を一つずつほどくように教えてくれた。
「盗聴器とか、毒とか、危険なものじゃないことは確かめたよ。ひとまず地下の倉庫に入れてある」
義兄は不快そうに目を細めて言う。
「あちらの若頭には、「女豹」と呼ばれる愛人がいるらしい。でも愛人とさっちゃんを同列に並べるなんて失礼な話だ。今回のお礼に、豹のじゅうたんを贈っておいた」
「え、えと」
朔がうろたえて言葉に詰まると、義兄は朔の目をのぞきこんでおどける。
「大丈夫。先方とは敵対していないから、これは甘噛みみたいなものだよ。さっちゃんは気にしなくていい」
義兄は安心させるように朔の肩を叩いて立ち上がる。
義兄は朔の正面の席に座りなおすと、いつものように涼しげに笑ってみせる。
「小鳥は、さっちゃんが思い出したら見てみるといい。……案外かわいい顔をしていたよ」
そう言って、義兄は朔に朝食を勧めた。
朔はフォークを手に取って食事を始めながら思う。
義兄の言う通り、そのうちには朔もこの世界に慣れる日が来るかもしれない。義兄のように、小鳥の顔がかわいいものだと笑えるときも来るかもしれない。
でも今は、宝石の小鳥は恐々と地下に封じ込めて……朔自身は、義兄のいる暖かな部屋に籠っている。
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