悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

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68.グルメマスターの食事会

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「師匠!」
 週明けからのスタートした登校だが、基本的にガイナスはずっと私の後をついて回っている。
 ガイナスさんの学年は一つ上なのだが、必修科目はもろ被りで取得科目も同じものが多い。
 彼はつい最近まで男子生徒のみの騎士学校に通っていたが、グルメマスターの入学に合わせて編入してきたらしい。将来は騎士貴族の一員として、王家とグルメマスターに仕えるつもりなのだとか。
 まるで当然とばかりに『グルメマスター』の存在が根付いている。
 彼と出会った日、なぜお茶会に誘ってたのか。食堂では駄目だったのか? と問えば「だって食堂は入れないから」と当たり前のように返された。

「どういう意味?」
「人で溢れてたからなぁ。今度は食堂に入るには事前に申し込みを済ませた上で、抽選を突破しなければならないが。師匠が食堂を使いたいなら明日以降二人で申し込むが?」
「抽選が必要なの?」
「ああ。あ、学生手帳借りていいか?」
「良いけど、なんで?」
「抽選には教師は教員証明が、生徒は学生手帳が必要だからだが? ってああ、そうか。師匠は姉と修行していたから抽選制になったのを知らないのか」
「うん。って一体何があるの?」
「グルメマスターとの食事会」
「は?」

 なぜ学園で食事会が開かれているのか。
 私がいない間にグルメマスターに学園は占拠されていたのか。
 その割には学園内や授業の光景が以前とあまり差がないように見えるのだが……。
 相変わらずグルメマスターの周りには人だかりが出来ていてーーいや、前よりも統率が取れている? だがそれもただ一ヶ月と少しで慣れただけとも言える。
 それに入れなかったのは私がいた第1週からであるようだ。
 一体グルメマスターは何をしたのか?

 その答え合わせは三日後に行われた。

「グルメマスターの二つ後ろとは、良い席取れたな! 背中を拝みながら食事を取れるなんて光栄だ」
「あ、うん……そうね」

 食堂内の席どころかテラス席まで人で埋まり、各々食事を前にグルメマスターへの祈りを捧げている。涙さえ浮かべているものもいる。
 異様な光景だが、この空間で馴染めていないのは私だけのようだ。食堂のおばちゃんもカウンターの向こうで手を合わせ、隣に座るガイナスさんもまた、指を組んでグルメマスターへの祈りを捧げている。

 グルメマスターって神様か何かなのだろうか?
 全ての方角から祈りを捧げられているグルメマスターは平然と食事をスタートしている。どうやら彼女にとっても当たり前の光景らしい。

 異端者として認識されないようにガイナスさんに倣って祈りを捧げる。そしてしばらくグルメマスターの食事を拝見させて頂いた後でようやくヤコブさんに作ってもらったお弁当に手を付ける。

 意味が分からないのに、この状況に突っ込む者は誰一人としていない。私も貴族社会のマナーか何かなのだろうと飲み込むことにして、異様な空間に紛れ込むのだった。

 それからガイナスさんに誘われて何度か足を運んだが、やはり慣れることはない。
 グルメマスターは信仰して当たり前の空間にいる異端感は拭いされない。それでも息苦しさを感じないのは、当の本人が至って普通に食事を楽しんでいるからだろう。近くに座っている生徒と会話を楽しむし、美味しそうに食事もする。本人だけをピックアップして見れば、本当にどこにでもいそうな学生でしかない。
 ただ食堂にいる生徒のほぼ全員が信者であるという事実を知ってしまえば、一気に異様が増すだけで。
 こんな宗教的空間にも思える場所だが、信者ではない私にとっても利用するに当たって一つだけ大きな利点がある。

「メリンダ=ブラッカーめ、今日こそ兄貴との婚約を破棄してもらうぞ!」

 さすがの義弟さんも『グルメマスターの食事会』という神聖な空間では騒ぎ出さないことだ。食堂の手前までぎゃーぎゃーと騒いでいたのに、途中でパタリと声と足を止めた。てっきり帰ったのだとばかり思っていたのだが、聖域の前で立ち止まっただけらしい。食堂から一定距離離れればまた騒ぎ出す。つまり食堂に席を獲得した日のみ平穏な昼食が取れるということだ。だからガイナスさんに頼んで毎日抽選に参加している。そして影ながら、グルメマスター信者の義弟さんの当選も祈る。

 ガイナスさんの運がいいのか、私達は週に2~3回は席を確保出来るのに対し、義弟さんの当選率は1週間に一度取れればいいほうだ。
 普通、一人で申し込みをした方が当選率は高いはずなのだが、なぜか信者ではない私の方がグルメマスターの食事会に参加する回数が多い。
 だから食堂に足を運ぶ度に涙目の彼を置いていくことになる。こればかりは仕方のない。

 今日も私達は聖域に突入し、食事を取る。

「師匠。明日、放課後に何か予定はあるか?」
「今のところは特にないわ」
「だったら帰り、うちに寄っていかないか? 父上が師匠と打ち合いがしたいと言っているんだ」
「分かった。エドルドさんに伝えておくわ」

 登校を再開して一ヶ月ほど。
 義弟さんはうるさいし、ずっとついてくるガイナスさんが煩わしく思うこともあるが、すっかり学園にも慣れ、平穏な日常を築いたものだと思っていた。

 ーー『厄介事』の存在を目の当たりにするまでは。
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