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ミルクを飲んでほしい牛獣人

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「好きです!  付き合ってください!」
 週末の夜。ギルドの近くの酒場にきまって彼は現れる。王都に来たばかりの頃に度々迷子になっていたルーシャンに呆れながらも何度も地図を書いてくれた。そんな彼、アルトスに惚れるまで時間はかからなかった。今では煙草と酒の香りに仄かに混ざる彼の香りに身体が反応してしまうほど。胸からはじんわりとミルクが漏れてしまっている。酒場には似合わぬ甘い香りに、アルトスはいつものように眉をひそめた。
「何度来たって答えは変わんねぇよ。子どもには興味ない。帰れ」
「もう二十四です」
「二十も年が離れた相手と付き合うなんざ俺には無理だね」
「……年はどうしようも出来ないです」
「そうだな、だから諦めろ。若いんだから他の男でも捕まえろ」
 たばこの煙をふぅっと吐き出す彼に、ルーシャンは固めた手の中で爪を立てる。どうしたらアルトスは振り向いてくれるのか。彼と出会ってからそればかりを考えてきた。
 手料理を振るまえば店で食う飯のが美味いと言われ、贈り物をすれば貰う義理はないと断られた。絞ったミルクを差し出した時なんかは信じられないものを見るように目を丸く見開いていて、さすがにその時は間違えたのかと後悔したものである。牛獣人の求愛行動としては最上級の物なのだが、人属であるアルトスには通じなかったのである。
 その後もいろいろと試してみたが、やはり年を理由に断られてばかり。けれどルーシャンは彼にアタックをし続けた。といっても確実に出会えるのは酒場でだけ。それも仕事が忙しい時は週に一度も会うことは叶わない。会う約束すら出来ず、ルーシャンが出来ることといえば週末にこの酒場を訪れることだけ。そのため、週末は仕事を入れないようにしていた。
「でも年以外なら大抵のものはどうにか出来ますよ!  最近Bランクに昇格したので収入も増えますし!」
 冒険者はEから始まって、D、Cと上がっていく。EランクからDランクに昇級するには薬草採取のような簡単なクエストを数回こなせば済むが、それ以降は戦闘系のクエストをこなさなければなかなか上のランクには上がれない。特にBランク昇級ともなれば、ソロでウルフの群れくらいは倒せるほどの実力がなくてはならない。ルーシャンはオメガであるとはいえ、パワーが自慢の牛獣人だ。そこらへんの人間よりはうんと強い。その強さを武器にソロでバッサバッサと敵をなぎ倒しては短期間でランクを上げていった。
「お前、俺の職業知ってんのか?」
「Aランク冒険者だった頃に引き抜きにあって、今は近衛兵の隊長さんをしてるんですよね。収入はAランク冒険者の数倍はあるんだとか」
「……俺そんな詳しいことまで話したか?」
「酔ってる時に毎日王都の娼館に通えるくらいもらっていると言っていたので。その金で若い頃に遊びまくったからもう飽きたんだとか、貯金なんて使い切れないほどあるとも言ってました!」
「全く記憶にないんだが、お前は金目当てってことでいいのか?」
「違います。お金なんて自分で稼ぐのでいりません。アルトスさんには俺の番になってほしいんです」
 ルーシャンに金のかかる趣味はなく、タバコは吸わないし酒もそこそこだ。ましてや娼婦を買う習慣もない。本当にアルトスだけを欲しているのだ。そんなこと彼だって分かっているだろうに、諦めさせようと意地悪ばかり言うのだ。ルーシャンはもうっと頬を膨らませて「番ってくださいよ」と願いを口にする。
「だから嫌だって言ってるだろ」
「なんでですか~」
「だから二十も離れた子どもに興味はないって何回言えば分かるんだ!」
「アルトスさんが俺の番になってくれたら!」
「ならねぇって言ってんだろ!」
 アルトスはタバコからジョッキに持ち替えて「しつこいぞ……」と漏らす。けれどルーシャンが嫌だからと来る曜日を変えることも、ましてや店に通わなくなるなんてこともない。突然現れた男のために習慣とおきまりの店を変えたくないだけかもしれないが。それでも番の話以外はなんだかんだで世話を焼いてくれる彼と、毎週アタックを続けるルーシャンを温かい眼差しで見守ってくれる他の客達に甘えて告白を続けてきた。


 ーーけれどそれももう今日で終わり。
 鬱陶しがられているのを承知で甘えて、店が閉まる時間いっぱいまで彼の隣で食事を続けた。

「道迷うなよ?」
「さすがにもう迷いませんよ」
「本当か?  お前、王都に来てから三ヶ月も迷い続けてたからな」
「まだ覚えていない道もありますけど、でもこの店から家までの道は忘れませんよ」
「それもそうか。気をつけて帰れよ」
「はい」
 日が変わった頃にアルトスと別れの挨拶をして、家を目指す。家といっても王都にある仮住まい。一年と少しお世話になったその家だが、この場所とも明日でおさらばだ。
「ただいま~」
「おかえり。残りの荷物はまとめといたよ」
「悪いな」
「俺の方こそあんまり役に立てなくてごめん。それに子どものおもちゃまでいっぱい買ってもらっちゃって……」
「お前の子どもは俺の姪か甥になるんだ。可愛がって当然だろ?」
「兄さん……」
 ルーシャンは明日の朝、王都を去る。恋が報われないからなんて理由ではない。元より一年の滞在と決まっていたのだ。ただ後任者の怪我により、次の買い物係の選出が遅れ、結果としてルーシャン達の期間が長引いていただけである。
 買い物係は村で作った野菜や工芸品を売り、そのお金で村では生産できない布や石鹸などの雑貨品や嗜好品を買っては村に運ぶ役目を担っている。一年交代の持ち回り制で人数は二人。村にとって重要なその役目を空白にさせておくわけにはいかなかったのである。そんなお役目だが、本来はルーシャンの仕事ではない。弟夫婦に課せられたものだった。けれど直前で弟妻の妊娠が発覚し、彼女の身体に負担をかけないようにと代わりにルーシャンが弟と共に買い物係となったのだ。弟達は気にしていたが、オメガの多い村だ。いくら番がいるとはいえアルファと他のオメガが一年も共同生活を送れば弟妻も心配だろう。かといって次のペアを選出する時間もなかった。だがルーシャンなら話は別だ。オメガとアルファとはいえ兄弟同士。義妹に元気な子供を産んでくれと頼んで王都へやって来た。
 この一年、ルーシャンは売り買いを担当し、弟には村への荷物運びを頼んだ。本当なら二人で行き来するところだが、弟がこれくらいはやらせてくれと言って聞かなかったのである。それに妻の顔も見たかろう。だからルーシャンは空いた時間、冒険者としてお金を稼ぐことにした。その最中にアルトスと出会ったのだ。なんとか一年で良い仲になれないだろうか、なんて淡い期待とは今日でおさらばだ。
 牛獣人は集団生活を主とする。いくら番がおらず、結婚も見合い待ちという状況であっても理由もなく村の外に出ることはない。買い物係が特別なだけだ。村に帰ればもう二度と王都に足を運ぶことはないだろう。
 ベッドに身体を滑り込ませ、王都で最後の夜を越す。そして早起きな牛獣人兄弟は日が昇ると共に王都を後にした。






「なぁあいつ今日も来ないのか?」
「ルーシャンのこと?  そういえば最近来ないな」
「今日で二ヶ月だ。怪我でもしたのか?」
 ルーシャンの告白を聞いたのはもう二ヶ月以上も前のこと。初めこそたまたまだ、入れ違いになっているだけだとさほど気にしなかったアルトスだったが、会えない日が続けば次第に気にもなってくる。アルトスが散々ルーシャンの告白をあしらっていたことを知っている酒場メンバーに聞くのは憚られ、今日まで聞けなかったが限界だった。あの声が、笑顔が恋しくてたまらない。
「他に良い男でも見つけたんじゃないねぇか?」
「はぁ!?」
「ルーシャンは良い子だし、こんな意地悪なおっさんじゃなくて、若くて優しい男くらいいくらでも見つかるだろう」
「それにしたって最後くらい挨拶があってもいいもんだろ」
「なんで自分を振り続けた相手に挨拶なんてしなきゃいけないのよ」
「……世話だって焼いてやったのに」
「ルーシャンは世話を焼いて欲しかったんじゃなくて気持ちに応えて欲しかったのよ。そしてあんたはそれに応えるつもりがなかった」
「年が離れすぎてるんだから仕方ないだろ」
 いくらなんでも年が離れすぎている。十程度なら少し年が離れているか程度で済むが、二十ともなれば親と子ほどの年の差である。ルーシャンがいいと言っても周りはどう思うか分かったものではない。アルトスは火をつけたタバコを指の間に挟みながら、足を揺する。周りが呆れた目で見ているのも気にせずに「顔くらいだせよ。しんぱいすんだろ」と頭を掻く。その苛立ちは誰に向けてのものなのか。本人だって本当は分かっているのだ。けれど正直に言えるはずがない。
「だからってどうしようもない理由で振られ続けるのも堪えたんだろ。良かったじゃないか諦めてくれて」
「それはそうだが……他の男にミルク飲ませてんのかと思うと釈然としない」
「あああれか。確か牛獣人の求愛行動の一つなんだっけ?  飲ませてくれっていったら断られた」
「当たり前だろ!  お前みたいないい年こいたおっさんなんかに飲ませるようなもんじゃない」
「お前だって俺とあんまり年かわんねぇだろ」
「だから断ったんだ!  あいつは俺みたいなおっさんなんかで妥協するような男じゃねぇよ。もっといい男がいる」
 ルーシャンはまだ若い。今こそ真っ直ぐと好きだと伝えてくれる彼だが、それも一過性のものだろう。若い時に大人に憧れるなんてよくあることである。恋心だけなら後でそんなこともあったと過去のことにできる。けれど一度番になってしまえばやり直しなど効かないのだ。後でもっといい男がいたのにと後悔することしかできない。そんなオメガを何人も見てきた。おっさんだって無駄に年を食っているわけではないのだ。だからこそルーシャンには後悔して欲しくなかった。けれど易々と他人に譲れるかといえばそれはまた別問題である。
「なのにそのいい男にもミルクを飲ませたくはないと」
「……なんだよ、文句あっか?」
「年なんか気にせずに俺も好きだっていえばいいのに」
「言えるかよ」
「それでいつから好きになったの?」
「……はじめ」
「は?」
「一目惚れなんだよ!」
「………………」
「いい年こいたおっさんが何言ってんだって思うだろう!  分かってんだよ!」
「………………」
 一目惚れに年は関係ない。けれど相手が相手だ。年を条件に断り続けることでアルトスは理性という名のブレーキを全力で踏んでいた。オメガの甘い香りとミルクの香りに何度理性を手放しそうになったことが。一瞬でも油断すれば彼の頸に噛み付いてしまいそうで首輪を贈ろうとしたこともある。けれど渡せるはずもなく、彼に似合いそうだと購入した首輪はアルトスの机の引き出しの中に眠っている。たまに首輪をつけたルーシャンを妄想して抜く度に情けなさが募っていく。だからいっそ罵ってくれればいいのに、彼らは視線を逸らすだけ。
「なんか言えよ、いたたまれねぇだろ!」
「…………なんというかタイミングがねぇ」
「神の悪戯ってあるんだなと思ってな」
「なんだ、あいつが他の男と戯れてるのでも見たのか?  俺も新しい男とやらを拝んで……っ⁉︎」
 どんな男だ、と振り向く。けれどそこに立っていたのはルーシャン一人。それも窓越しなんかではなく、真後ろに。
「あの、アルトスさんが俺のこと好きって本当ですか?」
「なんでお前……」
「役目を終えて一度村に帰ったんですけど、村長がそんなに好きな相手なら気が済むまでアタックしてこいって言ってくれて。その俺、やっぱり諦めきれなくて……」
 役目って何だよ。村に帰るなら一言言えよ。こっちに帰ってきたなら帰ってきたでさっさと顔を見せろよ。言いたいことなんていくらでもある。けれどアルトスの口から真っ先に出たのはそのどれでもない。
「タイミングが悪すぎる」
 何ヶ月も我慢していた言葉を本人に聞かれてしまったのだ。よりによってなぜ今日自分は愚痴ってしまったのか。痛む頭を抑えながら「聞かなかったことにしてくれ」と懇願する。けれどルーシャンが言うことを聞いてくれるはずがない。それどころか彼は爛々と目を輝かせる。
「俺にとってはこれ以上ないベストタイミングでした。でも出来れば正面から聞きたいです。俺にあなたの気持ちを教えてもらえませんか?」
 手を握られ、お願いしますと乞われればアルトスはもう抵抗することはできなかった。
「…………好きだ。一目惚れだった」
「ありがとうございます。俺もアルトスさんのことが好きです」
「他の男にミルク飲ませんじゃねぇぞ」
「アルトスさんがそれを望むなら」
 もうどうにでもなればいい。他人の目など知ったものか。テーブルに多めの金を置き、ルーシャンの手を取る。そのまま無言で近くの宿を取った。適当に選んだ宿だが、部屋は少し高め。ルーシャンは何も言わず、アルトスが選んだ部屋のベッドに身体を預けた。そして「アルトスさん」と両手を広げた。その瞬間、アルトスの最後のブレーキが壊れた。

 ルーシャンのシャツの裾から頭を入れ、膨らんだ胸にしゃぶりつく。軽く吸っただけで勢いよく出てきたミルクは甘く、どろっとしている。
「前にコップに入れて寄越したのと違うな」
「えっちな気持ちの時は濃くなるんです。……お嫌いですか?」
 顔は見えないが、恥ずかしそうな声にたまらずアルトスは吸う力を強くする。もう一方の苦しげな蕾は指先でコリコリと弄ってやればルーシャンの大きな身体がビクンと跳ねた。
「気持ちいいか?」
「はひぃぃ」
 耐性がないのだろう。脚で軽くペニスのあたりを弄ってやればあっあっと可愛い声を漏らしてくれる。このままだとズボンの中で発射してしまいそうだ。若い頃は恋人もいたし、散々女遊びしたアルトスだが、これほどまで中に出したいと思ったのは彼が初めてだ。シャツから顔を出し、彼のスラックスを脱がせばアルトスよりも立派なペニスが晒される。何度か射精した後のようで精液が付着しているのがまたそそる。
「なっなにっ……っぁん」
 アルトスはルーシャンのそれにしゃぶりつき、胸から出るミルクとは違い、若干の臭みがあるミルクをしゃぶる。汗の匂いと青臭さが鼻につくがそれすらも癖になりそうだ。指で尻の穴を解しながら舌を使って搾乳してやれば彼は大きく跳ねた。
「ああああああああああああ」
 快楽の叫びをあげたルーシャンのペニスはアルトスの喉の奥にグッと入り、精液が大量に流れ込む。オメガとはいえ牛獣人。パワーだけでなく精液も人の何倍も出る。それをゴクリと飲み込み、口元に付着したミルクを舐めとるとルーシャンの両足をグッと持ち上げる。アルトスは蕩けた目で見つめるルーシャンにペニスを見せつけるとニヤリと笑った。
「俺のミルク、今入れてやるからちゃんと全部飲めよ」
「はいっ」
 一気に奥まで突っ込めば「がぁっ」と野太い声が上がる。ルーシャンの声だ。足は与えられた快楽にピクピクと揺れているが、手はもっともっととミルクを求めるように空をさまよっている。これは期待に応えねばなるまい。アルトスはルーシャンの胎内を使って搾乳を開始する。きゅうきゅうとよく締まるナカにペニスを擦り付け、二人で一緒にミルクを出すのだ。けれどどうせ出すなら、初めては特別濃いミルクがいい。出しかかったものを止め、一度落ち着いてからまたピストンを開始する。そんなことを何度も繰り返せば焦らされたと思ったルーシャンは締め付けを強くする。
「はやくっナカっちょうだい」
 前でも後ろでも、アルトスよりも先に何度も果てたルーシャンはもどかしそうに両手を伸ばす。彼の愛らしさと相まって、アルトスのペニスはもう限界だった。
「出るぞ」
 宣言するのとナカに出るのはほぼ同時だった。ドクドクとナカに注がれていくのがわかる。頭はぽわぱわとする。こんな感覚はいつ以来か。幸せに満たされたアルトスはそのままルーシャンに抱きつくように倒れていく。
「俺、嬉しかったです」
 ルーシャンはアルトスの髪を撫でながら「ありがとうございました」とお礼の言葉を降り注ぐ。だがそのセリフはまるで全てが終わってしまったかのよう。一晩で満足したとでも言われているようでルーシャンの服の上から乳首をつねった。
「ございましたじゃねぇだろ。まだ終わってねぇよ。首出せ」
「え、いいんですか?」
「……俺は責任も取らずに抱くような男だと思ってんのか?」
「いえ、アルトスさんは優しい人で好いてくれているのは十分に伝わってきました。けど年齢が……」
「そうでも言わなきゃお前に手を出しちまいそうだったから言ってただけだ。気にすんな。それとも俺とはもう番になりたくねぇか?」
「嬉しいです」
 ルーシャンは涙を流しながら首筋をアルトスに差し出した。がぶりと齧り付けば簡単に番契約が成立する。なんともあっけない。一年以上も我慢していたことが嘘のようだ。
「俺、アルトスさんと番になったんだ……」
 ルーシャンは歯の跡を撫でながら嬉しそうな声を漏らす。アルトスはそんな彼が愛おしくてたまらずに頭を撫でた。ずっと待たせて悪かった。そして戻ってきてくれてありがとうと小さく呟けば、ルーシャンは蕩けるように笑うのだった。
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