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第一章 妖精と呼ばれし娘

八 いたいけなステップで(3)

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 アルフレッドがハンナに呼ばれリュリの部屋に入ると、髪を結わえてもらい、化粧を施され、シャンタンが惜しげもなくつかわれたドレスをまとったリュリが、あてがわれた部屋の鏡の前でくるくるとその場で回りながら喜んでいた。
 その様子はまるで、自身の尻尾が別の生き物であると勘違いして追いかける仔犬のそれと同じだと、アルフレッドはぼんやりと思った。実際、彼女はその腰にたっぷりと使われたフリルやレース、そしてリボンを見たいがために、イタチごっこをしていた。その無邪気さは、悪意というものにさらされたことがないからだろうかと彼は訝った。仮面を手渡したときのこわがった反応も、なんだか子供じみていた気がした。
 リュリの支度が完成したことを確かめると、彼はすぐ隣の自室に戻った。
 胸騒ぎがおさまらないのは、網膜に焼きついた礼装の少女のせいだった。
 アルフレッドはいかなる場合でも、身支度を自分ひとりでやらないと気が済まない性質だったので、女中たちももはや訪れてはこなかった。
 年配の女中がのりをつけただろうパリッとしたシャツが、なんだか肌になじまない。こういった魅せるための服は狩りの時とは違って飾りが多く、それらを定位置につけるのは煩雑で苛立つ作業であった。
 しかし、アルフレッドは今回に限りあまりそういった心持ちにはなっていなかった。ドレスアップしたリュリのことを思い出しながら、支度をしていたからだ。
 彼は、彼女の白金の髪をふんわりとアップにし、右の肩へと流し、その流れに赤みのある生花を差し込んだ女中と、彼女の抜けるような肌に合うような瞳の色と同じの翠のドレスを選んだ女中に褒美をとらせたい気持ちになっていた。それと、ベリーのような唇の色を損なわせない口紅を選んだ女中も褒めてやりたかった。
 普段、ハンナ以外の女中に対して特段興味のない彼だったが、今回の良い仕事ぶりには感服し、一体、誰がやったのか知りたくなった。
 彼は臙脂色のジャケットとそれよりも深い色をしたコートを、そして兄がつけたという仮面をつけて、リュリの待つ馬車に乗り込んだ。御者が鞭打った音が聞こえた時、あのテラスをみると貴婦人がいたような気がした。しかし、彼はその貴婦人よりも重たいドレスに慣れていない少女をうまくエスコートできるのかの不安が募るばかりで、そのことについて深く考える余裕はなかった。
 リュリはというと、既にヘアピンで髪にしっかりと留められた自身の仮面よりも、アルフレッドの着飾った姿にどこか興奮して、彼から見るとまるで主人に懐いた忠犬のように彼に接近していた。すんすんと香りをかいでいる様子に、一週間前のことが思い出される。
 彼らが屋敷を発った頃、離れにあるボーマン家所有のホールでは、既に参加者が季節の食べ物に舌鼓を打つことにも飽きて、ダンスが始まるのを今か今かと待ちわびる空気が満ちていた。
 アルフレッドがゆっくりとリュリを連れてホールに入った時には二曲目が終わるころで、三曲目のパートナーを探す場面だった。扉の衛兵が名乗りを上げる。
「ボーマン伯爵家の若君、アルフレッド殿のおなりです!」
 すると、来客たちは音楽を流れるままにし、踊る足を止め、一斉に扉の二人の方を見た。
 アルフレッドは軽く舌打ちをし、リュリは瞳を丸めておまけに口までぽっかりと明けてしまった。驚く二人よりももっとあわてていたのは衛兵である。左に居た衛兵がうっかり名乗ってしまった右側の衛兵をしかりつける。
「おい、お前、今日は名乗り無しだって交代の時言っていただろう! 仮面の意味が無いだろうが!」
「ええっ! でも、舞踏会だし言うべきかなって! オレ、あの方が若君だってすぐわかったし……」
「ったく、お前が城下勤務になったのが不思議なくらいだよ、まったく……」
 来客の中に悲鳴ともとれる歓声が、一呼吸遅れて沸き起こった。
 リュリはこの状況を今一つつかめないまま、アルフレッドにその右手を預け、彼の行く方にゆっくりとついて行くことしかできなかった。彼が今どんな表情をしているか見ようと見上げるも、仮面の奥に隠されていてそれを知ることはできなかった。
 アルフレッドは、仮面の意味と義姉の意図がここにきて読めた気がした。行きしなになぜ主催者である彼女が未だ屋敷に居たのか、なぜ兄の仮面をつける必要があったのか。
「わかっているよ、やればいいんだろ、やれば」
 自棄になったセリフと苦虫をかみつぶし、彼はリュリをエスコートしながら、オーケストラが足元に控えるホール最奥の高台までやってきた。道すがら、彼ら二人を貴族の視線やざわめきが包んだが、彼はそれらの一切を無視して突き進んだ。
 オーケストラのすぐ横に誂えられた厚みのある一人がけソファにリュリを座らせると、アルフレッドは彼女の耳元にそっとささやく。
「せっかく練習したのに、ごめん。今日はここに座っててもらうしかなさそうだ」
「あ、アルくん……?」
 そう言うと彼はかがめた背筋をすっと伸ばし、ホールを見渡せる高台に立つと、リュリの聞いたことのない、毅然とした張りのある声で宣言した。
「紳士淑女の皆様、永らくお待たせいたしました。本日はボーマン伯爵未亡人に代り、わたしが皆様の夜を彩って見せましょう。さあ、時間を忘れて踊ろうではありませんか」
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