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一、黒髪のグレイ

6,師父のコテージ〈インキ・マリ〉(8)

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 しかし、グレイはその一面もよく知っていた。
 少年がセルゲイと王宮の画廊で話すときはいつも裸婦図の前だったし、いいものをやると言って寄越すのは大抵、あられもない女が描かれた風俗画だった。
 今も、暖炉の上には悩ましいポーズをした貴婦人の絵画が飾られている。
『女神の憂鬱』という、こうしたもっともらしいタイトルが、あけすけな作品の隠れ蓑に使われるのを、グレイはよく知っていた。

「いつかやるんじゃないかとは思っていたが……。本当に覗くなんて、男として最低だな」

「ほら! おじじさま聞いた? へーかはしないんだよ!」

「それは機会がなかったからじゃ! ピチピチギャルがすぐそこで脱いでいれば、目が行くのが男の性というもの!」

「ちょっと! まるであたしが見せたみたいに言わないでくれる?」

 セルゲイはその場の全員から責められ、わざとらしく咳払いをした。

「それにしても、グレイ! よく来たな! 儂のあばら家〈インキ・マリ〉はどうじゃ、よかろ? 五年経って、世界も変わっちまったろう?」
 セルゲイは、グレイの祖父――会ったことのないグレイズ・ウィスプの友で、四〇年前にラウマ戦役を共に戦った騎士だ。それゆえに国の英雄という栄誉と評価を与えられている。
 亡き母アナシフィアの叔父のような存在、すなわちグレイにとって家族同然の男だった。
 だから、公の場でない今、砕けた態度をとるのは二人にとってごく自然なことだった。

「……色々、見方が変わった……」

 未婚を拗らせた、えろじじい。
 グレイの目線も、テュミルと同じく冷めていた。
 渋い顔をしていたセルゲイは、伸ばしっぱなしの眉毛をグイと持ち上げた。

「なに、歓迎の楽しい演出じゃ」

「不快でしかないからやめて」

 だが次の瞬間には満面の笑みで両の手のひらを胸に当てていた。
 少女たちもそれに倣う。
 グレイも恭しく両手を持ち上げて心臓の真上に乗せた。

「母なる海よ、父なる大地よ、精霊たちの手により我らに命をお分けくださり、感謝します」

 それは、ヴァニアス王国の国教スィエルの祈りだった。
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