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一、黒髪のグレイ

7、黒獅子、決意す(6)

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 瞼を重たそうにしている老騎士に、グレイは苦笑しながら肩を貸した。
 家の中なのに行き倒れかねなかった。

「いや、飲みすぎだろ……。それに今すぐに出発は、無理。明日だな」

「……うむ……」

 セルゲイを部屋へ連れて行こうとするグレイの頭に、今度は不平が降ってきた。

「えっ! 明日出発なの? やだ、休みたぁい!」

 耳ざといテュミルが、階段の上からひょっこり首を出した。

「グレイ。戸締り見てきて。あと、蝋燭全部消しといてね。よろしく」

「ミールー……! お前、俺は客じゃないのかよ」

 しかし、少女にグレイの恨み節は届かなかった。

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 家中の戸締りと火種を確認し終わって、グレイはやっとベッドに横になれた。
 王宮の羽根布団と比較にならないぐらい硬かったが、皺ひとつないシーツに覆われているのはよく天日に干された干し草の匂いがする清潔なベッドで、ノミやシラミの心配はなさそうだった。
 サイドボードに置いた蝋燭を吹き消すと、焦げ臭い臭いとともに闇が訪れた。
 窓ガラスの向こうには、煌めく星空がある。
 まるで窓枠が額縁みたいだ。
 グレイはいやにはっきりする頭でそう思った。
 眠気の訪れる気配がないのは、不思議なものだった。

「黒髪のグレイ、怒れる獅子。黒獅子、か……」

 一日でこんなに取り巻く世界が変わるなんて。
 グレイはまだ高鳴っている心臓に左手を当てた。
 同時に、自身の生を強く感じた。
 ここまで生き抜いてきたのは、何のためだ?
 ぎゅっと拳を握れば、手のひらに思いの結晶が生まれるような気がした。
 父上、母上。
 この国も、リシュナも、セレスも。
 俺は、必ず取り戻してみせます。
 俺の命と引き換えても。 
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