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一、黒髪のグレイ

7、黒獅子、決意す(5)

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「あとなあ、グレイよ。そもそも、お前は最初からひとりぼっちなんかじゃない。儂がおったじゃろ。もちろん、ラインとミラーもな。なに、二人には黙っておいてやる。泣かせては困るしの」

「……そう、だよな」

 俺はひとりぼっちなんかじゃ、なかったよな。
 グレイは心の中でそっとわびた。
 ラインとミラーは個人生活を投げ打ってまで、グレイの身柄を守り続けてきたのだ。彼らの仕事と好意を無下にしてないけない。

「よぉーし、じゃあ、寝よっかな」

 テュミルは思い切りよく立ち上がるとくるりと踵を返した。
 部屋着の裾がふわりと膨らみ、真っ白な三つ編みが、尻尾のように追随し弧を描いた。

「でも、よかったわね、グレイ」

「え?」 

 茫然とするグレイをちらりと見て、テュミルはくすりとした。
 そして軽やかな足取りで少年の前にやってきて、顔を覗き込んできた。
 あわや鼻と鼻が触れそうになって、グレイは慌てて身を引いた。
 しかし、少女はその距離も詰めてきた。

「もしも、あんたが本物の腑抜けだったら、明日にでもお城に送り返してたところよ」

 そう宣言した彼女のアメジストの瞳は、暗がりでも煌めいていた。

「見直したわ」

 グレイは、間近でにいっと嬉しそうに白い歯を見せるテュミルに面食らって、とっさに顔ごと視線を背けた。
 まただ。
 にわかに顔が熱くなる。

「付け加えとくぞぉ。お前を連れてくるっちゅうのは、ミルが言い出したことじゃがなぁ、この旅は、儂からのプレゼントなんじゃぞ! 最初で最後の内部改革のチャンスを、お前にくれてやるわい!」

 セルゲイのおおげさな抑揚と乱れた呂律で、グレイは我に返った。
 気付くとテュミルの姿はすでになかった。
 少しの安心と残念を感じているグレイへ、かすれたご機嫌な声が浴びせられる。

「黒髪のグレイ、怒れる獅子よ! 手始めに隣国ロフケシアから、天才の頭脳を借りてくるんじゃ! いざ、行かん! これは革命の狼煙じゃ!」

 セルゲイは張り切って立ち上がったが、すぐによろけてソファの上に尻餅をついた。
 座ったはずなのに、ぐらぐらとしている。
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