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一、黒髪のグレイ

5、少女騎士と不思議なメイド(3)

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「あなたの名前を教えてもらえないかしら」

 長い沈黙のあと、少女のくちびるが微かに動いた。

「…………シア」

 それは、カスミソウが揺れるかのようにとても小さく、可憐だった。
 その愛らしさに、ミラーは心打たれた。

「そう。素敵な名前ね」

「……」

「あ、ミラー」

 続かない会話をどうしようと思いあぐねていると、急に名を呼ばれた。
 柔らかいテノールは彼女の相棒のものだった。

「ライン殿」

 彼はふわりと口を開いた。彼なりに笑ったようだ。

「お父さんには会えた?」

 そう言いながら、ラインはミラーの正面で椅子を引き、腰を落ち着けた。
 少年の体重に、椅子がぎしりと声を立てる。

「閣下は夏休みだそうです。新しい家族を私たちに預けて」

「家族? ミラーのことなら、よく知ってるからいいんじゃないかな」

「私じゃありません! この子――シアのことです。新しくお迎えになったみたいで」

 ミラーが少女の肩を抱く。シアはされるがままだった。 

「シアっていうんだ。僕はアルライン。若みたく、ラインって呼んでもいいよ」

「ライン……!」

 シアは少年騎士の顔をまじまじと見たあと、エプロンのポケットを探り、そこから手紙を差し出した。

「これ……」

「どれ?」

 国王の側近は、二人で手紙を覗き込んだ。裏を見ると、彼らの良く知る人の名前があった。

「セルゲイ・アルバトロス。お父さんからの手紙だ」

「こんなまどろっこしいことをしないで、直接お話してからお休みになれば……」

「はい、ミラー」

 ラインは赤黒い封蝋を無造作にちぎり、ミラーに差し出した。
 少女は不満を鼻から漏らして受け取り、書面に目を通した。
 いつも通りの業務指示が書かれているものと思って、流し読みをするつもりだったが、途中から目の色が変わった。

「……そんな……」

 ミラーは手紙から顔を上げ、シアをまじまじと見つめた。
 書かれていた内容が、果たして本当なのか、疑わしくて仕方がなかった。

「ねえ、なんて書いてあったんだい――?」

「あっ。お二人とも、こんなところに」

 間が悪く衛兵が現れたので、ミラーは説明に開きかけた口で問うた。

「どうかしましたか?」

「陛下のお部屋で物音がして、それで――」

「若!」

 ラインは急に立ち上がると駆け出し、出ていった。
 いつもこうだ。少年騎士は日頃のんびりのマイペースを貫いているが、グレイのこととなると血相を変える節があった。
 ミラーも立ち上がった。

「ライン殿! シアも来てください、いいですね」

 少女騎士はシアの手紙を袖口にねじ込むと、その手でシアの手を引いて駆け出した。
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