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一、黒髪のグレイ

5、少女騎士と不思議なメイド(2)

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 彼らはシュタヒェル騎士団の副団長を務めていた。

「はは、失敬。あの、おっとり少年王の片腕として激務をこなす我々のレディと久々に話せたのが嬉しくて。しかし、元気そうでなにより。ねえ、ガルネク卿」

 ミラーが恥ずかしさに縮こまると、人好きする笑顔を浮かべた騎士リローズの隣で騎士ガルネクが微笑んだ。

「そうだな。君に会えた日は、いいことが起こるともっぱらの噂さ」

 騎士ガルネクがくちづけようと少女の手を取る。だが、ミラーはそれをすぐに引き抜いて小さく敬礼をした。

「私は貴婦人レディではありません、副団長閣下」

「俺たちにとってはお嬢様レディさ。ところで……」

 騎士ガルネクが穏やかな笑顔で言う。

「我らが団長なら、今日から遅い夏休みだ。俺たちで良ければ報告を受けよう」

「ありがとうございます」

 でも、聞いていません。突然休むだなんて。
 ミラーは、業務的に微笑むと手元の書類を確認するふりをした。
 二人の副団長が、もれなくグラジルアスの王冠に忠誠を誓っているのは知っている。
 だが、少女が報告したかった相手はセルゲイ・アルバトロスであり、その内容は彼女のよく知るグレイ少年についてで、傀儡の少年王のことではなかった。
 お二人には悪いのですが。

「あら。すみません。必要書類が揃っていないみたいです」

「ミラーらしくもない。いいよ、急がないから。あ、そうそう」

 騎士リローズがのんびりと話をそらした。

「伝言があったんだよ。君とアルラインに」

「はい?」

 少女は内心焦っていた。早く若様のところへ戻らなくてはいけないのに。

「アルラインの妹が来て、待っているんだ。迎えに来てやってほしい」

「えっと……それはつまり……」

 アーミュのことかしら。
 ミラーは知っていた。セルゲイは伴侶はいないが、養子縁組をしている。
 彼の年若い家族は、少年騎士アルラインと、幼い羊飼いの少女アーミュの二人だ。
 しかし、騎士団長の屋敷〈インキ・マリ〉の莫大な農地で暮らす動物の世話があるはずなので、アーミュが一人でやってくるはずがない。

「そう。また可愛い家族が増えるってことさ」

「はあ、わかりました」

 副団長たちにいざなわれながら、騎士の食堂にたどり着くと、そこでは見知らぬ少女がぽつねんと座っていた。
 少女の服装は、ケルツェル城の女中が着ているものと同じだった。
 ミラーは驚いた。その娘は、緑色の髪を持っていた。草木で染めると、こうなるかしら?

「じゃあ、アルラインにもよろしく伝えてくれ」

「ありがとうございます」

 騎士ガルネクはそう言うと、騎士リローズを伴って去っていった。
 ミラーは心の中で不在のラインとセルゲイに文句を言ったあと、深呼吸をした。
 夕餉には早い食堂に、二人の少女が残された。それは男だらけの騎士団において、珍しい光景だった。

「はじめまして。私はミラー。あなたは?」

 秘書が緑の少女の隣に座る。

「……」

 少女はぼんやりとミラーを見上げた。
 伏し目がちだが、まっすぐに。
 瞳の色も、若葉と同じ色をしていた。
 整った顔立ちをしていたが、ほとんど無表情のため印象が薄かった。
 言葉が不自由なのかしら。
 秘書は、少し訝ったが辛抱強く問うた。
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