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一、黒髪のグレイ

4、王家の迷宮(8)

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 服越しに感じる、女性特有の柔らかで豊かな膨らみ。
 少し甘酸っぱいような体臭。
 初めて間近で感じる少女の肉体は、弾けそうに柔らかい。
 たった一瞬で、グレイは頭が真っ白になった。

「な、何を言って――!」

「遅い!」

 テュミルが全身でグレイを押し倒す。
 二人はバランスを崩し、水路の中に落ちた。
 水面に打ち付けられた衝撃で、グレイの肺からは空気がほとんど抜けていた。
 息苦しさにあえぎ、足を泳がせるものの、少女の足が邪魔になって動けない。
 グレイのつま先が水路の底をみつけたときだった。
 突然、地を揺るがす爆発音が辺りに轟いた。
 波立つ水路から、二人は揃って首を出した。

「――ぷは! なんだったんだ、あの爆音は!」

 グレイが深呼吸を繰り返す正面で、テュミルがげんなりしている。

「うげぇ……気持ち悪い……」

「お、お前から抱きついてきたんだろ!」

「あ、あんたじゃないわよ! この水よ! 臭いし、汚いし! やだ、もう!」

 抱き合うかたちになっていた二人は、慌てて離れた。
 敵を目視すると、そこにいた巨大カエルは焦げくさい肉塊に変貌していた。
 辺りには火薬のにおいが満ちている。

「何をしたんだ?」

「あたしの代りに、もっといいものを食べてもらったんだ。外が駄目なら内側から、ってね! 鍵開けと一緒!」

 少女はさっさと水路から上がっていた。

「爆薬を使うのも?」

「ほら、吹っ飛んでくれたら、手っ取り早いし? ね、早く帰ろう。風邪を引いちゃうわ」

 作戦の成功をけらけらと笑い飛ばすテュミルだったが、次の瞬間には再び水草にまみれた現状に不平をこぼしはじめた。

「ラインとミラーがいたら、どうだったんだろう……?」

 グレイはつぶやいて、腕の立つ二人の側近に旅立ちを伝え損ねたのを、思い出してしまった。

「あ、でも置き手紙があるんだっけか……?」

「グレイ! 行くわよ!」

 宵の口で、新たな仲間が彼を手招きしていた。
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