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一、黒髪のグレイ

4、王家の迷宮(3)

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 グレイは隣室に移動して、汚してしまった正装から旅装束に着替えた。
 皮鎧や肩当て、ガントレットにブーツなど、装備は自分で着脱が可能な簡素なものを選んだ。
 手近にあった武器――護身用のナイフと訓練用の長剣をベルトに結わえ付け腰から下げると、いよいよ冒険者の気分がしてきた。
 その上から、厚手のマントをぐるりと巻き付ける。
 最後に母の形見であるイエローダイヤモンドを、肌着の下にそっと忍ばせた。
 そして初めて使う旅行用の革鞄に着替えなどの荷物を手早く詰めた。
 そのトランクを見て、テュミルは思い切り顔をしかめた。

「多すぎ。絶対、邪魔になるわよ。あたし、先に降りてるから」

 早く来なさいよ、と言い残し、少女は暖炉の裏に潜った。
 丈夫な石の板をスライドさせた奥には、大人一人が通り抜けられるぐらいの通路があった。
 下までは見通せず、四角い闇がぽっかりと口を開けている。
 少年は訝った。
 俺、荷物を背負ってこんな狭いところを通れるんだろうか? 
 テュミルの言う通り、トランクはすでに邪魔者になっていた。

「なあ、荷物、どうしよう?」

 グレイの声が狭い抜け穴にわんわんと響く。それが消えてしばらくすると返事があった。

「落としていいわよ」

「結構、重たいぞ?」

「誰が受け止めるって言ったかしら?」

 グレイは面食らいつつも、四角いトランクを闇の中へと恐る恐る落とし込んだ。
 壁にぶつかる音が遠ざかる。
 どこかに引っかかっているんじゃないだろうな? 
 少年は少し考えた。
 まあいいか。
 その時は蹴落とせばいい。
 グレイは少女が軽い足取りで降りていったのに倣い、恐る恐る足から穴に入った。
 石造りの壁には、梯子として使えるようなくぼみが等間隔に並んでいた。
 ぬるぬると何かで湿っているそこを慎重に降りるたび、長剣の鞘が壁をノックする。
 やっと地面にたどり着いたグレイの足元には、ちゃんと先程のトランクがあった。
 最初に、その空間がまずまずの広さらしいことを感じた。
 六フィートのグレイが頭をぶつけずにいられるのは、評価できる。
 湿っぽい臭いが冷たい空気に乗ってゆるゆると流れ、彼の鼻を刺激する。
 腐った水に似た臭いだ。すすんで吸い込みたいとは思わない。
 水っぽい音も聞こえる。
 どこかで雫が地面を叩いているらしい。
 見回すが、いくら暗がりに慣れた瞳といえども、すべてを見通すことはできなかった。
 グレイは冷え切った空気に身震いすると、羽織ってきたマントをきつく体に巻き付けた。
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