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一、黒髪のグレイ

4、王家の迷宮(2)

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 扉の向こうから心配そうな男の声が続いた。
 廊下を守護する衛兵だろう。
 グレイは、ハイバリトンの上澄みをすぐに取り出して、扉越しに答えた。

「ああ。驚かせてしまったね。立ち上がった拍子に、その、椅子を倒してしまって……」

「立ち入ってもよろしければ、直して差し上げますが」

「ああ、それは……。うむ……」

 ゆったりと、優柔不断を装うグレイの口ぶりを聞いて、テュミルが目を剥いて無言で腹を抱えている。
 馬鹿、これには理由があるんだよ。
 グレイは苛立ちに任せて、彼女に向かって小さく顔だけをしかめた。

「ありがとう。しかし、ラインとミラーが来てから、頼むことにするよ」

「かしこまりました」

 衛兵がそう答えてからも、しばらくの間、扉の外にひと気があった。
 しかし、グレイたちが静かにしていると、騎士たちも持ち場に戻っていったようだった。
 グレイがほっと息を吐き出すと、テュミルが噴き出した。

「あはははは!」

 白い歯を見せて屈託なく笑う。
 それは無邪気で可愛らしく見えるのに、その実、彼を馬鹿にしているのだから、いちいち癇に障る。
 だからつい、グレイの口も荒れてしまう。

「言っとくけど、演技だからな!」

「わかってる、わかってる……!」

 少女はひとしきり笑うと、本来の用件を思い出したようだった。

「ま、そういうことだから。さっきの話、嘘かホントか確かめたければ、ついてきなさいよ」
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