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一、黒髪のグレイ

1、〈傀儡の少年王〉(3)

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「議事録をお持ちします、若様」
 国王は軽く振り向き、二人の側近に視線を送った。
 髪も瞳も銀鼠《ぎんねず》色をした少年が国王近衛騎士アルライン・アルバトロス、金髪の少女がミラー・シールといい、シュタヒェル騎士団の鎧を身に着けた二人はグレイ直属の騎士と秘書だった。
「ありがとう、ライン、ミラー。その前に……」
 グレイは、まるで頭に王冠を頂いているかのように慎重に立ち上がり、おずおずと遠慮がちに口を開いた。もちろん、眉を困惑に斜めにしながら。
「本当によろしいので、叔父上? 妹たちとの時間を作るために何もかもをお任せしてしまい、なんと感謝を述べればよいか……」
 ゆっくりと階段を下りる国王に対し、議事堂にたった一人残っていたリンデン伯爵が、両の眉を上げた。
「なんともったいなきお言葉。しかし、ご安心ください。これこそ私の仕事なのです。ご両親が崩御されあなたが即位された五年前から、変わらずお支えしているのですから。我が甥なれども、父のような心持ちなのです。アナシフィア女王と兄上――クラヴィス王配の代わりにはなれませんでしょうが、せめて、見守ることだけは……」
 男は袖口から取り出したハンカチーフで目元を抑えた。
 そこには薔薇の刺繍が縫い取られている。
 赤、白、そして青い薔薇のそれは〈ヴァニアスの薔薇〉ダブル・ローズと似ているが、少し違った。
「今の陛下でしたら、わかってくださいますね。私がなぜ、あなた様と姫様方を引き離したのかを」
 少年は困惑にひそめた眉をさっとならし、口角をふわりと持ち上げた。
「叔父上は厳しいお方だ。敢えて私を孤独にすることで、王のなんたるかを教えてくださった。もしもリシュナとセレスがいれば、私は余生を執事として過ごしかねませんでした」
 窓辺からの光に目を細めるようなごく自然で柔和な微笑みは今のグレイにとって唯一の武器だった。そして、深々と頭を下げるのも。
「ありがとうございます、叔父上」
「どうぞ顔を上げてください。いつまでもそれでは、民に示しがつきませぬぞ」
 リンデン伯爵の口髭が優しさたっぷりに持ち上がる。
 尖った鼻に空いた二つの穴が、嬉しそうにひくついているのを、グレイは見逃さなかった。
「わかったよ、リンデン卿。宰相としてのよい働きを、期待している」
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