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一、黒髪のグレイ

2、孤独な王と二人の騎士(1)

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 グレイは二人の側近を従えて議事堂から自室へと戻った。
 王の部屋の扉を守護する衛兵が、主君のために最敬礼ののちに扉を開け、入室すると秘書の娘が扉を閉めた。

「お疲れさまでした、若様」

 それが、合図だった。
 ミラーの声を聞くなりすぐ、少年王は黒い頭をかきむしった。
 執事によって時間をかけて丁寧にくしけずられた髪型なぞ、どうでもよかった。
 洗面台にあったタオル掴み、乱暴に整髪料をこすり取ると、短い毛がぴんぴんと威勢よくはねた。

「だーっ! むかつく! エフゲニーの奴! 白々しいにも程がある!」

 グレイの喉が大きく鳴った。
 彼の声は、本当は快活なハイバリトンだった。
 それは成長する体とともに、響きを深めているところだった。
 大きな独り言にあわせて、喉仏が威勢よく上下する。

「どうせレジスタンスだって、あいつの息がかかってるんだろう。あの日、殺し損ねた俺を仕方なく玉座に載せただけで、本当はヴァニアスの神子――リシュナを使いたいんだ。俺はわかってる! わかってるから、リシュナの縁談書類にサインしないんだ! まったく、侮られたもんだな、グラジルアスは!」

 と、少年王は一息で吐き出した。
 彼が微笑みの仮面も偽りの声音も、シロテンのマントと一緒にすべて床へかなぐり捨てると、マントだけを灰色の騎士がかがんで拾いあげる。

「若、変なの」

 少年騎士ラインは小首をかしげた。
 その拍子に、一つに結びきられた銀鼠色の長髪が涼しげに揺れる。

「五年ぶりに姫さま方に会えるのに、嬉しくないんですか?」

 ラインの腕からマントが音もなく引き抜かれたが、その表情は一つも動かなかった。
 彼はグレイと異なり、元々表情に乏しかった。

「ライン殿。若様は、ご自身がリンデン卿から離れてしまうことを危惧していらっしゃるのです」

 少年騎士からマントを奪った少女が言う。
 手をてきぱきと働かせ埃を取ると、真紅のマントを椅子に掛けた。

「もしくは、移動の道中で刺客に襲われることを」

 少女は可憐なソプラノで低くつぶやいた。
 グラジルアスは杞憂の色を見せる娘の頭を優しくなぜた。
 短く切りそろえられた金髪は、いつも通り柔らかな感触がした。

「そのとおり。さすが、ミラーだな。お利口さんだ」

「……ありがとうございます」

 ミラーは、はにかむようなほろ苦い笑顔をこぼした。
 それは、残暑の黄色い日差しに翳っていたが、年相応の愛らしさがあった。
 彼女はラインと違って、表情を抑え込んでいるタイプだった。
 だがこうしてグレイが褒めるときには、決まって恥ずかしげにほころんだ。
 一方のラインは、灰色の瞳を丸めている。
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