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二、潮風に吹かれて
7,魔獣と薔薇(7)
しおりを挟む船長室の中で、奴隷商人を綱でハムのように巻いて、尋問が始まった。
彼を取り囲んだのは大男と、手練れの剣士と、血気盛んな二人の少年、そしてトレジャーハンターの娘だった。
双子の少年たちは、ドーガスが奴隷商人から鞭を奪うと、ぱたりと倒れて人の姿に戻った。
それは操り人形の糸が切れたのに似ていた。
シロとクロに目立った外傷がなくて、テュミルはほっとした。
マスター、なんだかんだ言って、手加減してくれていたんだわ。
「素直に言ってくれれば、悪いようにはしない」
ぶすっとしている商人を気に留めず問うグレイは、恐ろしく無表情だった。
「奴隷はどこから仕入れた? 誘拐か?」
「……どっちも俺じゃねえよ」
「知ってるなら早く答えろや。ここからヴィーサウデンまで泳ぎてぇのか? なんなら、釣りの餌にしたっていいんだぜ」
シグルドが腕を組みなおすと、海図の上に置いた蝋燭の炎が一斉に揺れた。
「〈薔薇〉……」
商人が不貞腐れたように吐き捨てる。
「〈三本の薔薇(トリプルローズ〉結社の男から買い付けた」
「リンデンね、そうでしょ!」
「なんだって?」
テュミルが拳をきつく握った横で、グレイの鼻先が彼女に向いた。
見据えた少年の表情に興奮の色が混じる。
「〈三本の薔薇〉を持つ奴らは、リンデンの手下よ」
少女はそこまで言って、とっさに口を噤んだ。
今は、これで十分だわ。
商人は、つまらなそうにテュミルを一瞥したあと、ぼそぼそと話し出した。
「あたり。だが、俺は取引をしただけさ。〈三本の薔薇〉結社で販売用の奴隷を買い付けたら、このスカーフがついてきた。そんなとこさ。俺はあいつらが何を企んでるかどうかにゃ興味がない」
商人が大きな頭を傾けると、紅白の薔薇の上に青い薔薇がある〈三本の薔薇〉の紋章が縫い取られたスカーフが見えた。
男たちから理解の息が漏れる。
「悪いこた言わねえ、やめときな。あそこに関わるとロクなことないぜ。金が入るから卸してもらっただけで、それじゃなきゃ、とてもじゃねえが――」
「卸し? どういうことだ?」
グレイが畳みかける。
「ああ、あいつら、誘拐した人間全部をこっちに回してくるわけじゃねえ。〈駄作〉の子どもらばっかりだ」
饒舌になってきた商人と、グレイのやり取りが続く。
「誘拐……〈神隠し〉のことか? それもエフゲニーの仕業だっていうのかッ!」
「グレイ!」
テュミルはとっさに少年の腕を引いた。
きっと振り返った彼の凛々しい眉が寄せられている。
「……他にも奴隷商がいるのか? その〈駄作〉を買い付けて、売る無法者が」
「金に眼がくらんでるやつぁ、数え切れねぇだろうな」
テュミルが盗み見たグレイは、顔が怒りで歪みだす寸前だった。
それを必死で押さえこんでいるのは、険しい瞳でわかった。
「さっきも言ったが。この二人は俺が買おう」
買おう、という言葉に、その場にいた人々が息を飲んだ。
テュミルもその例に漏れなかった。商人に至っては、反省した様子をすっかり覆した。
「本当か! 幾らだせる! 二万クローネぐらいが相場だが――!」
刹那、彼の首筋に再び、グレイの刃が当てられた。
ひやりとした戦慄が、商人と、そしてテュミル達に走る。
「わかっていないようだな? 今、俺はお前の命を預かっている」
しかしグレイの声は、その刃の切っ先よりも冷徹だった。
「お前の命は幾らだ? 自分の命を買い戻せ」
「……幾ら金を積んでも、死ぬんだろ?」
震える商人に、グレイは表情を一切変えない。
そこからは、普段の親しみやすさは消え失せていた。青く硬質な瞳は無慈悲の色を宿していた。
「いや。言い値でいい。だが、同じ値段で双子を買おう。すなわち、お前の首を見逃す代わりに、あいつらはもらい受ける。いい取引だと思わないか?」
只一つの蝋燭の明かりが、船尾楼を照らす。揺らめく炎は、いつ消えてもおかしくない程定まらなかった。
そこに、自身の命を見出したのか、商人は大人しく頷いた。
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奴隷商売は、ロフケシア王国では禁じられている。
よって、法に触れた商人はそのまま警備隊に突き出すことが決定した。
彼が第二デッキの独房に入れられるのを見届けても、テュミルは、声を出せなかった。
部屋に戻るグレイの背中ばかり見てしまう。
彼の背には元に戻ったクロがいた。シロは、ドーガスがおぶってくれた。
テュミルには、いつもの温厚さ、あるいは先程の冷血ぶり、どちらが本物のグレイなのかわからなくなっていた。
人を、物みたいに見る視線。あんな顔、するんだ。
部屋の前に戻ると、グレイはくるりと振り返った。
ふう、とひとつ溜息が洩れた口元は、安堵で緩んでいた。
そしてこっそりほくほくした。
「よかったー! うまくいって! 二万とか無理、無理!」
「……え?」
テュミルがぽかんとしていると、少年は頬を掻いた。
「俺、今、手持ち少ないんだよ――! ってぇ!」
へらへらする彼の脛を、テュミルは蹴り上げた。
「なにするんだよ!」
「だからって、あそこまでやる? あんた意外と独裁の才能――」
文句の途中で、彼女の口元にグレイが指の戸を立てた。
距離感がつかめず、彼の指に口づけてしまった。
少女が目を見開くと、彼も同じようにしていた。
「い、いいか、ミル!」
少年の声が裏返る。
「人、人はな、経験で覚えるんだよ。あいつは自分の命が人に弄ばれるっていう貴重な経験が出来たわけ。だから俺、いいことしたんだぜ。しかも節約もした!」
グレイは指をぎこちなく離し、誤魔化すようにへへっと笑った。
少女は返す言葉を見つけられず、それがまた悔しくてそっぽを向いた。
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