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二、潮風に吹かれて

5,蛸騒動、猫騒動(8)

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 魔獣の目をかいくぐり、グレイはタコの足をいくつも切り捌いた。
 本当に同じ武器なのかを疑いたくなるぐらいに、切れ味が違う。
 生き物をいたずらにもてあそぶ趣味はない――そもそも料理すらしたことがないグレイだったが、力の入れ具合で思うがままに切り刻める快感は筆舌に尽くしがたかった。
 ラインもこんな気持ちなんだろうか。
 彼は剣の達人である幼馴染を思った。
 あいつに切れないものは無いからな。
 一方で、タコはほとんど動かなくなっていた。
 裁かれ、または食いちぎられ、脳のある本体は砲撃に負傷している。
 辛うじて目が動くものの、息絶えるのは時間の問題とみえた。
 巨大生物の脅威が風前の灯と言えど、まだ二頭の魔獣が残っている。
 グレイがタコを切り分ける間、ルヴァが見張っていてくれたが、魔獣たちは脇目もふらず、ひたすらタコの足を食べ続けていた。
 だんだん緊張が緩んできたグレイの目には、大きなネコが食事をしているようにしか見えない。
 そんなに腹が減っていたのか。
 むしろ腹ペコの魔獣が気の毒になってきて、彼らを閉じ込めていた人物に腹を立ててさえいた。
 あのコンテナを運び込んだのはいったい誰だろう?
 箱を調べればわかるかもしれないと、グレイは外回りをして壊された箱のある搬入口へ行った。

「……で、ミル、何してるんだ?」

 そこには砕けた箱の破片をどけているテュミルがいた。

「え? いや。何か、ないかなって」

「祈りの像二体?」

「別に盗もうとしてたわけじゃ……!」

 テュミルの声が途切れる。
 少年はその理由を、背後から聞こえる唸り声で察した。
 冷汗が頬を伝う。
 一か八か。
 グレイは思い切って振り返り、少女を背に庇った。

「だめ、グレイ――!」

 少女の警告は、魔獣の吠える声にかき消えた。

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 魔法の直撃を覚悟し、思い切り目をつむっていたグレイが瞳を恐る恐る開くと、そこには魔獣の代わりに子どもが二人倒れていた。
 頭頂がそれぞれに白と黒の子どもは裸で、全身にあざや傷が刻まれていた。
 貧相な体つきからは、彼らに対する扱いが透けて見えるようだ。
 対して、先程の白と黒の魔獣は跡形もなく消え去っていた。

「どういうことだ……?」

 グレイが振り向くと、テュミルはぺたりとその場に腰を落としていた。
 見上げた少女の顔は蒼白だった。

「魔物だったの……この子たち。魔物から、人間に変わったのよ」
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