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二、潮風に吹かれて

1,出立(4)

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 朝食が終わると、アーミュは笛を片手にそそくさと外へ出て行った。
 羊の様子を見るのだという。
 グレイは少女が担う仕事量にいささかならぬ心配を寄せた。

「牧羊犬の一匹でも与えてやればいいのに」

「次の誕生日に、って決めてるのよ」

 テュミルは、内緒だからね、とくちびるに寄せて立てた人差し指に革紐をひっかけて、白い長髪をポニーテールにまとめた。
 鏡を見ていないのにおくれ毛が一本も落ちなかったし、羽のついた髪飾りの位置もばっちりだった。
 こなれた手つきに、グレイはたまらず唸る。

「で、おじじ。手紙書いてくれた?」

 彼女は小さな頭には似合わないいかついゴーグルを頭に乗せると、ベルトを調節しながら会話を続けていた。

「おう。きっちり三通用意しておいたぞ。お前たちの身分証明書は無くてよいな?」

 セルゲイが宛先を下にしてテュミルに渡したので、グレイには誰に宛てたものかわかりかねた。
 訪ねようとタイミングを伺う口が、開いては閉じる。

「大丈夫じゃない? 遍歴学生って言っておけば、大体まかり通るもの」

「お前の教師はレイフじゃしな。間違ってはおらん」

「だよね」

 二人がうんうんと頷き理解し合うのに、グレイにはさっぱりわからなかった。

「待て。お前、トレジャーハンターって言ってなかったか?」

「あら、忘れてなかったのね」

 わざとらしく瞳を丸めるテュミルが小憎らしくて、グレイはむっとした。

「答えになってない」

「一口に言うと、歴史研究家よ。古代の遺跡を発掘して、発掘品の時代を特定したり、何に使われていたか研究したり」
 ぞんざいな生活態度の割に研究熱心なんだな、とグレイは単純に感心した。
 それに加えて彼女が引き出した全ての言葉に冒険の予感と匂いを感じて、なんだかわくわくする。

「へえ! それはすごいな! 盗掘をするわけではないんだな、見直し――」

「研究のためだったら、ちょっと借りたりもするわよ?」

 ふふん、と締めくくったテュミルは得意げだった。
 胸を張れることではないだろう。
 グレイは片方の眉をひくつかせた。

「……手癖悪いぜ」

「で、これからの予定なんだけど――」

「それは儂から言おう」

 テュミルは割り込んだバスバリトンに、素直に従い口を噤んだ。
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