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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-5 たまにはそれらしく(5)

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 セシルは暇つぶしに守衛を観察をしはじめた。
 濃緑色の警備員の制服をビール腹で膨らませている男の胸に、きらりと光る名札があった。
 フランカという名らしい彼は、その丸い顔によく似合うご機嫌な笑顔で語る。

「エルジェには他と違って学生寮がありますし、この守衛所は二四時間、人がいなくなることはない。正直、ケルム市街で一人暮らしをするよりも賢い選択ですよ、学生寮に住むっていうのは。料金も良心的で、友だちもいれば寮母もいる。独りにはなれないでしょうが、ホームシックも少しは軽くなるってもんです」

「へえ。しかし、こんなにも広い庭だ。不審者が入ってきてもわからないのでは?」

 探偵は、神経質な保護者を装うことにしたようだった。

「どうぞご安心を!」

 パーシィの鋭い指摘を、フランカ氏は堂々と受け止めた。

「ご存知の通りアカデミーの敷地をぐるりと囲むのは二フィートの石垣の上に立つ五フィートの鉄柵です。その柵の間隔だって小さな子供がすり抜けられないぐらい狭いんですよ。その上、大きな車両が来ない限り正門は明け放たれることがありません。すなわち、出入り口はここだけなんです」

「どこかが壊されていて抜け道になっている、ということはないのか?」

「ございません」

 フランカがきっぱりと言うのを、パーシィは、いつの間にか取り出していた手帳と万年筆を手に興味深そうに頷いている。万年筆のキャップの頭を、形のよいくちびるの下にある頤に当てている。それが探偵が思考を深めるときの癖なのだ。

「別に見回る者がいて、異常があればアカデミー側に報告をしますし、それが外部からと判断すれば、警察にも連絡を入れて外回りをしてもらいますから」

「では、警備員は別にいて、外を見回ってくれている、ということか」

「ええ」

「そしてアカデミーの人間はすべてここを玄関にする」

「その通りです」

「では、外部の人間は?」

「グウェンドソン様。あなた様のように、保護者として同伴されるのでしたら許可されます。外部講師も、職員の迎えか書状が無ければ通れません。安全対策は万全です」

「ふむ……」

 どうしてそこまで、セキュリティを気にするのだろうか。
 セシルがそう思った瞬間に本音が口から飛び出していた。

「過保護すぎない?」

 探偵がちらと視線を落とす。

「なに。せっかくだから、君を預けているアカデミーを知りたくてね」

 ウインク混じりの一言にどこか引っかかりながら、セシルは鼻を鳴らしてしぶしぶ了承した。
 そのときだった。セシルの立ち話に冷えたタイツの足元を、なにか温かいものがすり抜けて行った。驚いてブーツを見下ろすが、なにも無い。小さく身じろぎしながらあちこちを窺っていると、視界の端に白いふわふわしたなにかが通って行った。疑惑が確信めく。
 なんだろう?
 長い髪と共に小首を傾げる少年の手前では、冗長な世間話が終わりを迎えようとしていた。

「しかし、いったい何時ごろ、何人で警備にあたってもらっているのか……」

「ああ、それなら勤務表をお見せしますよ」

「お申し出に感謝する。だが、門外不出では?」

「我々はみんな持っています」
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