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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-3 古の歌(11)
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その晩、カップの底が乾き喉が渇いても、二人はおしゃべりを楽しんだ。
それは、秘密を共有し合うと言う意味で、まさに密談と呼べるものだった。
「オレたちが使う魔法は世界中に散らばっているマナをちょっと借りるものなんだよ。空気と同じでどこにでもあるんだけど、見えない。常に混じり合って流れているけど、それはなんていうか……肌の感覚でしかわかんなくて。うまく言えない。〈歌〉は、たくさん力を借りたいときや精霊に話を聞きたいときに使うんだ」
青年の瞳がきらりとした。わくわくしている、とセシルは直感でわかった。
「では、先程君が奏でていた音楽が〈歌〉なのかい?」
「なんで音楽だってわかったの?」
「どうしてだろう。でも聴こえたんだ。君の声に寄り添う、ハープかギターの八分の六のアルペジオを」
セシルがその血に流れる魔法の力と〈六つのマナの歌〉を教えた次はパーシィの番だった。
少年は秘密のお返しに、なぜダ・マスケの村と魔女の存在を知り得たのかをせがんだ。
春の入り口とはいえ、冷え込みは容赦が無かったので、二人はベッドの上でシーツにくるまって、額を突き合わせていた。兄弟ができたような気がして、セシルはくすぐったい気持になった。大きなベッドには二人を乗せてもまだ余裕があった。
「僕が子供のとき、ヴァイオレットどのに助けてもらったそうだ。ものすごい高熱をだして、十日間生死をさまよっていたらしい」
ちょうどきみと同じぐらいの歳に。そう青年は、夜闇に相応しい静謐な声で話してくれた。セシルのほかにそれを聞いていたのは、サイドボードの上で静かにしている小さな灯火だけだ。
「らしい、って他人事みたいに」
「仕方が無いだろう、ききづてなんだから。あのときのことはほとんど覚えていない。父上が国中の医者を呼んだけれども手立てがなくて、ついには葬式の支度まで始まっていたらしい」
鼻で笑うパーシィだったが、反対にセシルはくちびるをぎゅっと結んだ。笑い事じゃない。
「みんなが途方にくれていた中、母上だけは魔女の住む伝説の村を探していたそうだ。母上の願いが聞き届けられたのか、森を歩いて三日三晩経ったある日、ついにその村を見つけた」
「あっ! それって、ダ・マスケのこと?」
青年は優しく頷いた。
「そう。母上を最初に出迎えてくれたのが男の人で、たいそう驚いたらしい」
「ちょっと。パーシィのお母さん、何が出てくる思ってたの?」
「さあ。ドラゴンじゃないか?」
二人はくすくす笑いあう。
「そこで母上の話をすぐに信じて名乗りを上げ、母上と一緒に城まで来てくれたのが、君のお婆様だった。ヴァイオレット殿と僕の両親は約束をした。僕の病を治すかわり、ダ・マスケの保護を頼みたいと。そのとき、村は人口減少の一途を辿っていたらしくてね」
セシルは口を開きかけたが、それは続く言葉に全てかっさらわれた。
「そうして僕は命を取り留めて、僕の右耳は、聴く力を失くした」
「え……?」
それは、秘密を共有し合うと言う意味で、まさに密談と呼べるものだった。
「オレたちが使う魔法は世界中に散らばっているマナをちょっと借りるものなんだよ。空気と同じでどこにでもあるんだけど、見えない。常に混じり合って流れているけど、それはなんていうか……肌の感覚でしかわかんなくて。うまく言えない。〈歌〉は、たくさん力を借りたいときや精霊に話を聞きたいときに使うんだ」
青年の瞳がきらりとした。わくわくしている、とセシルは直感でわかった。
「では、先程君が奏でていた音楽が〈歌〉なのかい?」
「なんで音楽だってわかったの?」
「どうしてだろう。でも聴こえたんだ。君の声に寄り添う、ハープかギターの八分の六のアルペジオを」
セシルがその血に流れる魔法の力と〈六つのマナの歌〉を教えた次はパーシィの番だった。
少年は秘密のお返しに、なぜダ・マスケの村と魔女の存在を知り得たのかをせがんだ。
春の入り口とはいえ、冷え込みは容赦が無かったので、二人はベッドの上でシーツにくるまって、額を突き合わせていた。兄弟ができたような気がして、セシルはくすぐったい気持になった。大きなベッドには二人を乗せてもまだ余裕があった。
「僕が子供のとき、ヴァイオレットどのに助けてもらったそうだ。ものすごい高熱をだして、十日間生死をさまよっていたらしい」
ちょうどきみと同じぐらいの歳に。そう青年は、夜闇に相応しい静謐な声で話してくれた。セシルのほかにそれを聞いていたのは、サイドボードの上で静かにしている小さな灯火だけだ。
「らしい、って他人事みたいに」
「仕方が無いだろう、ききづてなんだから。あのときのことはほとんど覚えていない。父上が国中の医者を呼んだけれども手立てがなくて、ついには葬式の支度まで始まっていたらしい」
鼻で笑うパーシィだったが、反対にセシルはくちびるをぎゅっと結んだ。笑い事じゃない。
「みんなが途方にくれていた中、母上だけは魔女の住む伝説の村を探していたそうだ。母上の願いが聞き届けられたのか、森を歩いて三日三晩経ったある日、ついにその村を見つけた」
「あっ! それって、ダ・マスケのこと?」
青年は優しく頷いた。
「そう。母上を最初に出迎えてくれたのが男の人で、たいそう驚いたらしい」
「ちょっと。パーシィのお母さん、何が出てくる思ってたの?」
「さあ。ドラゴンじゃないか?」
二人はくすくす笑いあう。
「そこで母上の話をすぐに信じて名乗りを上げ、母上と一緒に城まで来てくれたのが、君のお婆様だった。ヴァイオレット殿と僕の両親は約束をした。僕の病を治すかわり、ダ・マスケの保護を頼みたいと。そのとき、村は人口減少の一途を辿っていたらしくてね」
セシルは口を開きかけたが、それは続く言葉に全てかっさらわれた。
「そうして僕は命を取り留めて、僕の右耳は、聴く力を失くした」
「え……?」
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