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第一章 青き誓い

8、最高で最低の日(4)

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 荘厳な婚儀のあと、新郎新婦は用意されていた馬車に乗り込んだ。
 ピュハルタ市街にて凱旋パレードを行うためだ。
 白と金で塗られた馬車は、この日のために作られた特注品である。
 互いの親に見送られてベルイエン離宮を発ち、白亜のピュハルタ市街へ出ると、静かな祈りの街が嘘のように賑わっていた。
 男たちは諸手を挙げて、女子どもは頬を染めて手を振ってくれる。
 その景色に、グレイズはうっかり涙ぐんでしまった。
 黒髪碧眼の王子――〈獅子王の再来〉と謳われつつも、その実、軟弱者のグレイズである。
 国民新聞(ネイティオ)に風刺されるとおり、次の世を治めるにふさわしくないと自分でも思っているのだ。
 そんなグレイズのことを、国民は手放しで受け止めてくれた。
 寄せられた期待がなんであれ、この誇らしさを胸に彼らに応えたいと思わせられる。

「グレイズ様」

 マルティータが潤んだ瞳で見上げてきた。
 感極まったあまり、手のひらを彼女の手ごと握りしめてしまったようだ。

「す、すまない……!」

 慌てて緩めると、新妻は楚々と首を振った。笑顔なのに、今にも泣きだしてしまいそうだ。
 美しい表情が、彼女をより一層輝かせる。目が離せない。
 すると、見つめあう幸せな夫婦のゆりかごの横に、栗毛の馬が乗り付けた。セルゲイだ。
 鬣と尾っぽを丁寧に編み込まれた彼の馬が牝で、チェスナという名前なのをグレイズはよく知っていた。黒々としたつぶらな瞳が今日も愛らしい。

「セルゲイ様」

 隣に座るマルティータが手を振ると正装の王子近衛騎士は胸を張り肩をそびやかして見せた。

「凜々しくていらっしゃいますわ」

 新米騎士がニヤリとする。美女に見栄を張るとき、きまって彼の太い眉がぴくりと動く。

「殿下よりも?」

 グレイズがどきりとしたその時、花嫁がくすくす笑いながらよりかかってきた。

「それは、ごめんあそばせ」

「でしょうね」

 セルゲイはさも傷ついたというふうに両眉を傾けたかと思いきやすぐにくしゃりと破顔した。
 顔面に皺が寄るそれはまさに満面の笑顔で彼の長所――そしてグレイズの憧れの一つだった。
 ゆっくりと進む行列が中央広場にさしかかろうとしたところで、御者が急に手綱を引いた。
 前へ、馬車ごとつんのめるマルティータを、グレイズはその身を挺して抱き留めた。

「何事だ!」

 騎士たちがざわめく中、行列からは無数の嘶きが、観衆からは悲鳴が沸き起こる。
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