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第一章 青き誓い
8、最高で最低の日(3)
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ミゼリア・ミュデリアの細い肩がゆったりと上下した。
それを合図に、グレイズは瞳を閉じた。
水ともわかる。隣のマルティータも同様にしたことだろう。
「この者たちの魂(スィエル)、灯火(ともしび)を繋がんとて、火よ、彼(か)の者たちを暖め賜え。この者たちの魂(スィエル)、息吹を常に新たにせんとて、風よ、彼の者たちに吹き賜え」
神子姫の語りかけに応じて、光がどんどんと強まる。
暖かい光はグレイズの閉じている瞼の血の赤までも透かして見せる。
「この者たちの魂(スィエル)、血潮を満たさんとて、水よ、彼の者たちと共にあれ。この者たちの魂(スィエル)と肉体を繋がんとて、土よ、彼の者たちに豊穣なる恵みを与え賜え」
神子姫のか細い喉から紡がれる祝詞は歌うようになめらかで、耳に心地よく、淀みない。
ふくよかで豊潤なメゾソプラノの響きはかつて彼女が歌ってくれた子守歌のそれを思わせた。
不思議な安心感に包まれながら、グレイズは耳を傾ける。
「光よ、闇よ、裏腹なるマナよ、絶えず手を取り合い、この者たちに多幸なる刻を与え賜え。我、光の神子なりて、汝の花嫁なり。彼の者たちに祝福を」
ミゼリア・ミュデリアの声が消えると、瞼を照らしていたまばゆい光は波が引くようにだんだんと収束していった。
「なおりなさい」
神子姫の静かな声に、グレイズを始めとする一同は、それぞれに顔を上げ、立ち上がった。
グレイズは白く長い裳裾の花嫁に手を貸した。
ゆっくりと祭壇から降りてきたミゼリア・ミュデリアの手には、ナイフがあった。
金と銀、真珠とダイヤモンドが惜しげも無く使われたそれは、この儀式のために祭壇の泉の中で清められていたものだ。
いよいよだ。グレイズは乾ききった喉を上下させた。
頬に視線を感じて、ちらとその方を見る。
そこではマルティータが薄いヴェールの下から銀色の瞳を不安そうにまたたかせていた。
神子姫が、グレイズとマルティータの目前に降り立った。
「〈ギフト〉の交わりに、腕を」
宣言に意を決したグレイズは利き手ではない左手を差し出した。
隣の娘もおずおずと右手を差し出す。彼女は左利きだった。
ミゼリア・ミュデリアはその手のナイフで、最初にグレイズの、次にマルティータの手首を浅く傷つけた。
ぷっつりと膨らむ赤い血のしずくが垂れる前に、新郎新婦はその傷跡を触れあわせた。
その身に流れる血、その血に宿っている〈ギフト〉を交わらせること。
これこそが、スィエル教徒の結婚、契りの真髄であった。
全身が粟立ち、ぞくりとした。
体がこわばりながら、反面、愛しさと切なさに脱力してしまいそうでもある。
それは、マルティータも同じだったようだ。
戸惑いに似た銀色のまなざしがグレイズにすがりつく。
花嫁のくちびると紅潮した頬に、まだ二人が知らない、恍惚の色さえ滲んで見えた。
その瞬間、どこからともなく沸き起こった拍手に二人は包み込まれた。
中庭、そして中庭を見下ろす回廊に押し寄せた人々が、ウィスティリアの花びらのシャワーを振りまいてくれる。
夢を見ているような気分で空を仰いだ。
ふと、隣を見る。
そこでは、丸い顎と頬とを上げて手を振るマルティータがいた。
幸せそうな彼女の顔だけで、息苦しかった十八年の人生が報われるような気がした。
それを合図に、グレイズは瞳を閉じた。
水ともわかる。隣のマルティータも同様にしたことだろう。
「この者たちの魂(スィエル)、灯火(ともしび)を繋がんとて、火よ、彼(か)の者たちを暖め賜え。この者たちの魂(スィエル)、息吹を常に新たにせんとて、風よ、彼の者たちに吹き賜え」
神子姫の語りかけに応じて、光がどんどんと強まる。
暖かい光はグレイズの閉じている瞼の血の赤までも透かして見せる。
「この者たちの魂(スィエル)、血潮を満たさんとて、水よ、彼の者たちと共にあれ。この者たちの魂(スィエル)と肉体を繋がんとて、土よ、彼の者たちに豊穣なる恵みを与え賜え」
神子姫のか細い喉から紡がれる祝詞は歌うようになめらかで、耳に心地よく、淀みない。
ふくよかで豊潤なメゾソプラノの響きはかつて彼女が歌ってくれた子守歌のそれを思わせた。
不思議な安心感に包まれながら、グレイズは耳を傾ける。
「光よ、闇よ、裏腹なるマナよ、絶えず手を取り合い、この者たちに多幸なる刻を与え賜え。我、光の神子なりて、汝の花嫁なり。彼の者たちに祝福を」
ミゼリア・ミュデリアの声が消えると、瞼を照らしていたまばゆい光は波が引くようにだんだんと収束していった。
「なおりなさい」
神子姫の静かな声に、グレイズを始めとする一同は、それぞれに顔を上げ、立ち上がった。
グレイズは白く長い裳裾の花嫁に手を貸した。
ゆっくりと祭壇から降りてきたミゼリア・ミュデリアの手には、ナイフがあった。
金と銀、真珠とダイヤモンドが惜しげも無く使われたそれは、この儀式のために祭壇の泉の中で清められていたものだ。
いよいよだ。グレイズは乾ききった喉を上下させた。
頬に視線を感じて、ちらとその方を見る。
そこではマルティータが薄いヴェールの下から銀色の瞳を不安そうにまたたかせていた。
神子姫が、グレイズとマルティータの目前に降り立った。
「〈ギフト〉の交わりに、腕を」
宣言に意を決したグレイズは利き手ではない左手を差し出した。
隣の娘もおずおずと右手を差し出す。彼女は左利きだった。
ミゼリア・ミュデリアはその手のナイフで、最初にグレイズの、次にマルティータの手首を浅く傷つけた。
ぷっつりと膨らむ赤い血のしずくが垂れる前に、新郎新婦はその傷跡を触れあわせた。
その身に流れる血、その血に宿っている〈ギフト〉を交わらせること。
これこそが、スィエル教徒の結婚、契りの真髄であった。
全身が粟立ち、ぞくりとした。
体がこわばりながら、反面、愛しさと切なさに脱力してしまいそうでもある。
それは、マルティータも同じだったようだ。
戸惑いに似た銀色のまなざしがグレイズにすがりつく。
花嫁のくちびると紅潮した頬に、まだ二人が知らない、恍惚の色さえ滲んで見えた。
その瞬間、どこからともなく沸き起こった拍手に二人は包み込まれた。
中庭、そして中庭を見下ろす回廊に押し寄せた人々が、ウィスティリアの花びらのシャワーを振りまいてくれる。
夢を見ているような気分で空を仰いだ。
ふと、隣を見る。
そこでは、丸い顎と頬とを上げて手を振るマルティータがいた。
幸せそうな彼女の顔だけで、息苦しかった十八年の人生が報われるような気がした。
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