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王太子の愛妾side
しおりを挟む「逃亡先は既に決まっている。新しい戸籍も用意できた。アイリスが心配する事は何もない。新しい土地で人生をやり直そう!」
おめでたい男。
貴族として生きてきた自分が平民になって生きていけると本気で信じている。先を見越して動いているのは賞賛に値するけれど問題はその後だ。
「今なら誰にも見つからずに逃げられる」
私の手を握りしめて愛を囁くように言う男が哀れだった。
この男は本気で私と逃げる気だ。新天地で新しく生き直せると信じ切っている。この四十年間、大して歳を取ることなく生きてきた。あのマッドサイエンティストは「不死や不老に最も近い存在」と言った。ならば、何時か急に歳を取るのかもしれない。目が覚めたら皺くちゃの老婆になっている可能性だってある。
「私が何歳か知っているの?」
「勿論」
「貴男の親世代よ?」
「愛に歳は関係ない」
随分はっきりと言い切られてしまった。万が一、私の秘密が露見すれば彼もタダでは済まない。手放さなければならないと分かっていながらそれが出来ないでいる。
「私を一人にしない?」
「勿論。死がふたりを分かつまで共に」
「なら、残りの人生は貴男にあげるわ」
子供のように笑って私に抱きつく男の背中に腕をまわした。
親子揃って女の趣味が悪い。他の悪い女に捕まってこれ以上破滅させる訳にはいかない。私は後何年生きられるのだろう。あのマッドサイエンティストは健康体だと喜んでいたけど……。
まぁ、いいか。
この男と余生を過ごすのも悪くない。
私達は振り返ることなく馬に乗って走った。
この長くも短い逃避行。
逃亡先にマッドサイエンティストが居る事を私は知らなかった。
愛する女性の主治医を無料で雇い入れた、と朗らかに微笑む男の横で私がマッドサイエンティストを殴る事になるのは、もう少し先の話であった。
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