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ある正妃の誓い

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「香雅皇女、私には、貴女という存在が不可欠なのだ。
貴女がいてくれる、それだけで救われる。貴女はまこと、私に使わされた天の御使いだ」


……
………
…………夢?
ああ、私は夢を見ていたのね。遥か昔の夢を。
最近は昔の夢ばかり見るわ。
特に多いのは夫の求婚に言葉。
政略結婚ではあったけれど、夫はしてくださった。

私はもうすぐ死ぬ。
春寿様や沙羅、周囲の者達も「大丈夫」としか言わないけれど、私自身、もう長くないのは理解しているわ。最近では床から出られない有り様なんですもの。昨日も吐血してしまったし…。周囲が幾ら私の病状を隠そうとしても隠しきれないものだわ。

東の離宮(皇太子の住まい)から、生まれ育った皇宮に移ってきて本当に良かった。
春寿様は最後まで反対なさっておいでだったけど、お父様皇帝陛下が私の味方になってくださったので帰ってくる事が出来た。
お父様の計らいで、子供達とも離れ離れにならずに済んだ…本当に感謝しかありません。

「おかあ様、だいじょうぶ?」

私の顔を心配そうに見る幼い皇子。その手には小さな白い花が握られていた。

「それは?」
「うん?お花、おかあ様に」
「くれるの?」
「うん。だって、おかあ様にあげるためにとってきたんだよ」
「ありがとう、宝寿」
「おかあ様、はやくよくなってね」
「……勿論よ」

ニコニコと笑う皇子のなんと愛らしいことでしょう。

「お母様、失礼いたします。こちらに宝寿はきていませんか?」
「ねえ様!」
「宝寿、やっぱりお母様のところに来ていたのね。ダメでしょう?お母様はお加減がわるいのだから」
「ねえ様、ごめんなさい」

娘はどうやら弟を探していたようだわ。

「白姫、宝寿は花を渡しに来てくれたのよ。あまり叱らないであげて」
「お母様……わかりました。さあ、宝寿。行きましょう」
「はい!おかあ様、また来ます」

部屋から出て行く二人を床についたまま見送った。
本当は起き上がって二人を抱きしめたいのに既にその体力すら残されていない。



白姫は十七歳、宝寿は五歳。
多感な時期の娘とまだ幼い息子を残して逝かなければならないなんて……。
母親不在となればどれだけ二人の将来に影響を与えることになるのか、それは私が誰よりも分かっているのに。
皇子を産むことなく他の妃達の悪意に苛まれて亡くなったお母様。
沙羅が後宮を苦手としているのは間違いなく母の死が原因でしょうね。本人は無資格の上、私に心配を掛けないように隠しているようだけれど、愚かな子。貴女を育てたのは誰だと思っているの。この姉なのですよ。
女の愛憎渦巻く後宮の闇から沙羅を遠ざけて置いた事は良かったのか、それとも悪かったのか。
これからあの子は苦労するでしょうね。



皇太子に嫁いで二十年。
正妃として大切に扱われたけれど、遂に、夫に愛されることのない人生だった。
いいえ、愛されてはいたわね。
数多いる妃の中でも正妃は特別の存在。
けれど、夫が求めたのは『皇太子妃』としての役目。
子供達の事をお願いしているけれど不安は尽きない。

夫は当てにならない。

私の可愛い二人の子供達も、夫にとっては数ある息子と娘。皇位継承を持つ、というだけの存在。
それも皇子なのだから。後宮には新たに公爵家の美姫が入ったと知らせが届いた事からも私の皇子が軽んじられる事になるでしょう。

いいえ!
そうはさせない!

白姫…宝寿。
お母様亡き後も、あなたたち二人を必ず守ってあげるわ。
母になる喜び、子を持つ母とは強い者であることを教えてあげましょう。
必ず守り通して見せる。

どのようなことをしても……。
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