溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を

蝶野ともえ

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ShortStory 3 「ヒーロー 前編」

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 ☆こちらは本編や番外編のネタバレになる話しが書かれています。本編、番外編を読んだ後にこちらをお楽しみください!





   ShortStory 3 「ヒーロー 前編」




 自分の全てを持っている人だ。
 目の前の彼を見て、遥斗はそう思った。

 小さな顔に、少しつり上がった綺麗で大きな瞳、サラサラの黒髪と少し焼けた肌。身長も高めで細身。Tシャツとジーパンという姿なのに、周りの人とは違う。どこか格好よく着こなしている。モデルのように全身が整っていた。

 彼の名前は鑑椋。
 そして、遥斗の通う小学校の高学年であり、皆から恐れられている男でもあった。ケンカばかりしており、生傷が絶えない体。だが、負けなしの強さで、遥斗が住む地域では噂になるほどだった。
 ほとんど授業に出ていても寝ているばかりなのに、秀才だというから驚きで、そのため教師は何も言えないという。

 容姿端麗、英明果敢、スポーツ万能。と、誰もが羨む人なのに、周りからは恐れられているのだ。
 だが、女の子にはモテているようで、いつも彼に言い寄る女の子が彼の周りにはいたが、椋はあまり興味がないようだった。

 いや、彼は何にも興味がないのだろう。
 だから、いつもつまらなそうにボーッと歩いているのかもしれない。そう、遥斗は思っていた。


 「勿体ない!勿体ないよな………」
 「………突然何言ってんだよ」
 「椋さんの事だよ」
 「何だ、またその事か」


 同じクラスの友達に大きな独り言を聞かれると、また呆れられてしまう。最近の遥斗は椋の事ばかりだった。
 先日、友達と帰宅途中に、椋が複数の相手とケンカをしている所に遭遇した。友達は怖がっていたが、遥斗は違った。かっこいいと思ってしまったのだ。
 かっこよくて強い。まるで、テレビの中のヒーローのようだったのだ。遥斗の夢は、ヒーローになる事。もちろん、本物のヒーローがこの世界にいないのはわかっている。だからこそ、人を守るかっこいい職業、「警察」になろうと昔から決めていた。
 けれど、遥斗は力もなかったし、特別頭がいい訳でもない、容姿が飛び抜けていいわけでもなかった。だからこそ、噂で聞いていた椋に会えて、憧れを持ったのだ。

 だからこそ、勿体ないと思うのだ。
 彼こそ、本当のヒーローになれる。そう感じていたのだ。


 「何か話せるきっかけがないかなー」
 「やめとけ。いつも不機嫌そうに歩いてるし、おまえの口癖の「ヒーローはかっこいい!」って言葉を聞いたらどつかれるぞ」
 「………本当に悪い人なのかなー。自分からはケンカしてないような気がするけど」
 「ケンカ仕掛けられたから倍返しにするのは、ヒーローなのかよ」
 「だから、止めてもらって説得すれば………」


 放課後のクラスで帰る準備をしながら、友達と話をしていた時だった。別のクラスで仲がよかった男が、遥斗たちの教室に駆け込んできた。


 「おい!遥斗!椋先輩がケンカしてるみたいだぞ!」
 「え!?どこだ?」
 「体育館裏のプールの脇だってよ!」


 その言葉を聞くと、遥斗はこれはチャンスだと思った。すると、体は勝手に動き始めていた。鞄を持って、教室から駆け出していたのだった。


 「………俺、行ってくるっっ!」
 「おいっ、遥斗っ!おまえが敵う相手なわけないだろ!」
 「ちょっと話をしてくるだけだよっ」


 そう言うと、遥斗は友達たちに背中を向けたまま手を上げて別れた。そして、椋が居ると言っていた体育館裏まで向かったのだった。

 

 遥斗が呼吸を荒くしながら体育館裏に到着する頃には、すでにケンカの決着はついていた。
 卒業生なのか学ランを着くずして着ている学生が、数人地べたに這いつくばっていた。苦痛を堪えた顔や、呻き声が聞こえてくる。
 その中で悠然と立っているのは遥斗だった。だが、数人対1人でケンカをしたのだ。彼も無傷ではなかった。顔を殴られたのか、頬が赤く腫れ上がり、唇の端が切れていた。
 
 ケンカ直後だからか、彼は気が立っている様子でいつも見かけている様子とは違って、更に怖い雰囲気を纏っていた。

 
 「……………」
 「おいっ、そこのガキ。何見てんだよ」


 低い声で椋が遥斗に向かってそう言い放った。すでに彼は遥斗に対して敵意を持っているのが伝わってきた。
 けれど、遥斗はただ椋を見に来たわけではないのだ。
 全く怖くなかったわけもなく、もしかしたら殴られてボコボコにされるかもしれないとも思った。けれど、きっと彼は根はイイ人なんだ。遥斗は何故かそう強く思えた。


 「かっこ悪いですよ!」
 「………は?」
 「本当に強いくせにケンカでしか力を出せないなんてかっこ悪いです!」
 「…………何言ってんだ、おまえ?」


 突然、「かっこ悪い」と言われれば誰だって、怒るだろう。だが、それが椋に1番伝えたい気持ちだった。
 その力があるなら、その俊敏さがあるなら、もっと違う事に使えばいいのに。そう本気で思っていた。

 椋のように遥斗もキッと睨み付けるけれど、彼と自分とは全くもって威厳が違っていた。

 すると、椋はドスドスとこちらにゆっくりと近づいてきた。
 彼が近づく度に逃げたしたくなったけれど、それでも、間近で椋を見てしまうと、その瞳に釘付けになっていた。
 少し茶色の瞳は、虚ろで光りがないように見える。だけれど、とても澄んだ琥珀のように美しい茶色の瞳だった。


 が、気づくと遥斗の視界は一転していた。茶色の琥珀から、次に見えたのは、少し赤く染まった空だった。その次に感じたの背中や頭の痛みだ。
 あぁ、自分は倒されたのだ。そこでやっと、椋に脚をすくわれて倒されたのだわかった。

 ドスッという音と共に胸が圧迫される。
 遥斗に片足で踏まれているのだ。


 「ぅ…………」


 上手く呼吸が出来ない。
 痛い、苦しい、怖い。
 …………そう感じているはずなのに、冷静な気持ちで椋を見上げていた。


 「うるさいんだよ、ガキが」


 冷たく言い捨てると、椋はすぐに背を向けて歩き始めた。

 その背中を遥斗は見えなくなるまでジッと見つめていた。


 それが、遥斗と椋が会話し、そして対峙した初めての日だった。


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