44 / 48
ShortStory 2 「2人だけの時間 後編」
しおりを挟むShortStory 2 「2人だけの時間 後編」
「蛍はどうだった?」
蛍に会いに行いって帰宅すると、椋はすでに帰宅していた。この日は夜勤だったため朝方に帰ってきて、仮眠をとったようだった。花霞に温かいジャスミンティーを出してくれた。
「あ、うん………元気そうだったよ」
蛍に言われた事をすぐに告げる勇気もなく、花霞はそう言葉を濁した。だが、椋はそれに気づかずに話を始めてくれてのだ、花霞は内心で安堵した。
「蛍は警察の助けもしてくれてる。まぁ、俺の後輩曰く、「嫌々言いながらも結局やってくれる、ツンデレみたいだ」って言ってたけどな」
「そうなんだ。蛍くん、頑張ってるんだね」
「あぁ。それで刑が軽くなる事はないだろうが、それでも警察の中であいつの実力を認めている者が多くなっているのは事実だからな。出てきた時に、警察の内部で働けるというのは大きいだろう」
「うん………遥斗さんと蛍くん自身が頑張って獲た居場所だよね」
「あぁ、そうだな」
蛍の事を想うと胸が痛くなる事もあった。
だが、今では彼の笑顔を見ると、こちらが元気を貰ってしまう。だからこそ、あんな相談をしてしまったのだろう。彼の未来はどうなるのかまだわからない。けれど、蛍ならば大丈夫。そう思えるのだ。
花霞は柔らかい微笑みを浮かべながら、カフェインなしのジャスミンティーを口に含んだ。
「そうだ。次の休みは、俺も病院に一緒にいくよ」
「嬉しいけど、仕事お休みになったの?」
「いや、夜勤明けだけどいいさ。それに気になるだろ?」
「そうだけど……無理しなくてもいいよ?」
「大丈夫だよ。俺も男の子か女の子か見てみたいし」
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
花霞は苦笑しながらも、彼と一緒に居れる時間が増えた事に喜びを隠さなかった。
前回の検診で、「次に来るときは性別がわかるかもしれないですね」と言われていたのだ。お腹の赤ちゃんは順調に成長しており、お医者様からも「大きくなりましたね」と言われて、一安心していた頃だった。
性別がわかる事は、2人にとっても大きな出来事になる。どちらでも嬉しいけれど、やはり気になるものは気になるのだ。
「ねぇ……椋さん。もしよかったら、検診の後にどこかに出掛けない?疲れているときはいいんだけど……」
最近はデートもしていなかったので、2人でとごかに出掛けたいとずっと思っていた。
ただ手を繋いで歩くだけでもいい。
椋との時間を恋人のように過ごしたかったのだ。もう夫婦なのだから愛し合っているのはわかっているし、彼が大切にしてくれているも知っている。けれど、2人だけの特別な時間が欲しかった。
「俺は大丈夫だけど………花霞は大切な時期だなら無理しない方がいいだろ?」
「…………私は椋さんとデートしたいだけだよ………」
「花霞?」
いつもなら笑顔で「そうだね」と言える場面のはずだ。それなのに、今日は違った。
椋の言葉に傷つき、大切にされているのに、切なくなってしまったのだ。
花霞は俯いて呟いてしまったので、彼に言葉は伝わってはいなかった。
「ごめんなさい……汗かいたからお風呂入ってくる」
「おいっ!どうしたんだ?」
花霞は椋の言葉を無視して、リビングから逃げんように早足で去っていった。
脱衣所に行くと、瞳から少しだけ涙がこぼれた。
「こんな我が儘で甘えん坊なお母さんでごめんね」
少し大きくなったお腹をさすりながら花霞は小さくまだ見ぬ赤ちゃんに話しかけた。
自分の子どもは夢であったし、大切な人との赤ちゃんは今でも十分に可愛くて愛おしい。
それなのに、椋の愛情が全て赤ちゃんに行ってしまうのが、堪らなく悲しかった。大人げないし、こんな事で立派な母親になれるのかと不安にもなってしまう。
椋の些細な言葉でショックを受け涙してしまうほど、今はナイーブになっているのかもしれない。
それでも、自分の気持ちに納得出来ずに、花霞はため息をついたのだった。
風呂場に行くと、彼が準備していてくれたのかお風呂が沸かしてあった。ここまで先を見て心配をしてくれているのに、あんな事で怒ってしまってはダメだ。
湯船に浸かりながら、花霞は反省し、後で椋にしっかりと謝罪をしなければ。そう思っていた。
ガチャッ
突然風呂場のドアが開き、そこから椋が現れたのだ。
「りょ、椋さんっ!?」
「…………」
何も言わずに、椋は裸のまま風呂場に入り、湯船に体をつけた。そして、驚いて唖然としている花霞を抱き寄せたのだ。
「椋さん……突然どうしたの?」
「………それは俺の台詞だ。………どうした?何か悩みごとがあるのか?それとも、俺が何かしたか?元気がないおまえを見てると、心配になるんだ。俺はまたおまえを傷つけてしまっているのかって…………」
「椋さん………」
椋はそう言うと顔を上げて、花霞の顔を覗き込んだ。彼の表情はとても心配そうだった。きっと、怒り悲しむ花霞の表情を久しぶりに見たので動揺しているのだろう。そういえば、喧嘩さえも最近はしていなかったな、と花霞は思った。
水の中でお互いの肌が触れあう。
そんな事はもう慣れたはずなのに、久しぶりだからか、いつも以上に恥ずかしさを感じてしまった。けれど、やはり彼に触れられると嬉しくなる。
花霞は愛しい彼に向かって微笑んだ。
「………少し寂しかったの」
「え………」
「椋さんは赤ちゃんの事、とっても大切にしてくれてるし、産まれることを楽しみにしてくれる。それは私も嬉しいし、体を労ってくれるのも、とっても助かってる。………だけどね、私は椋さんが好きなの。だから、椋さんとの時間がもっと欲しいし、自分だけを見てほしいって思っちゃう事もある。……だから、恋人みたいにデートしたいなって思ったの。最近は挨拶のキスだけで、甘えるようなキスもしてなかったし、その……椋さんも触れてくれなかったから。…………ごめんなさい」
何て自分勝手な気持ちだろうか。
そう思い、花霞は椋に向かって謝った。すると、椋は困った表情を見せた後に「何で、花霞が謝るんだ」と、濡れた手で花霞の髪に触れた。その指が微かに頬に触れただけで、花霞はくすぐったさと嬉しさを感じ、頬を染めてしまう。
すると、椋はハッした表情を見せ、そして、謝罪の言葉を紡ぎ始めた。
「………ごめん、花霞。子どもの事が嬉しすぎて俺は舞い上がってたのかもしれないな。確かに生まれてくる赤ちゃんは大切だし、守りたいも思ってる。………けど、俺が1番に守らなきゃいけないのは、花霞なんだよな。大好きなのも、花霞だ。辛そうにしている姿を見てたから、体に負担にならないようにって、触れることさえも我慢してた。けど……違った」
そう言って、椋はまた正面から優しく花霞を抱きしめた。
「花霞を笑顔に出来ない男が、子どもを幸せになんか出来ないよな。……前と同じように……いや、今まで以上に花霞との時間を作るよ。沢山話して、手を繋いで、キスをして触れ合って。………花霞の望んでいる願いは、俺も同じだよ」
「………椋さん………」
「母親になっても甘えてくれよ。俺の大切な奥さんには求めて貰えるなんて、これ以上にない幸せなんだから」
「…………うん。………ありがとう」
おはようやおやすみ、いってらっしゃいのキスの外にキスをしたのは久しぶりだった。
少し熱くなった唇を求め合い、2人はしばらくの間キスを続けた。今まで出来なかったキスを埋めるかのように、体がのぼせそうになるまで、2人の甘い時間は続いたのだった。
「んー………残念だったな。まだ、わからないなんて」
次の検診の日。
椋と花霞は手を繋いで病院まで行った。
成長は順調だが、花霞の体重の増加を告げられただけで、赤ちゃんの性別はまだわからなかった。
「わからないって事は、女の子なのかもしれないね」
「いや、赤ちゃんの体勢で見えなかったらしいから、まだわからないぞ」
「椋さんは男の子だと思うの?」
「………わからない。俺はどちらでも嬉しい」
「そうだね……私は、食べ過ぎ注意だなー……」
「じゃあ、ケーキはなしか?」
「食べるよ!行きたかったお店なんだから!」
花霞と椋は、この後に海の見えるカフェでのんびりとデザートを食べに行く予定になっていた。体調を考慮して、あまり遠出は出来ないけれど、それでも2人はとても楽しみにしていた。
「そういえば、近くに水族館もあるらしいぞ。行ってみるか?」
「うん!行きたい!イルカのショーあるかなー」
花霞はニコニコしながら、彼の車に乗り込み、助手席に座った。椋も運転席に座り、出発のはずだった。
が、椋は花霞の頬に手を伸ばし、愛おしそうに目を細めて微笑み花霞を見つめていた。
久しぶりのデート。気分が高揚しているのは、花霞だけじゃなかったようだ。
「………こういう穏やかで、花霞の笑顔が見られる時間が好きなんだったな。………今日はもっと楽しもう」
「うん」
そう言うと、花霞と椋はキスを交わした。
すると、「僕もまぜてよ」と言わんばかりに、お腹の赤ちゃんが動いたのを花霞は感じていたのだった。
(おしまい)
あとがきとお知らせとお願い
SSを読んでいただきまして、ありがとうございます。蝶野ともえです。
久しぶりに花霞と椋のお話を書きたくなり、執筆しました。すると、思った以上に長くなってしまい、2部にわたってしまいましたが………楽しんでいただけたのならば、幸いです。
椋は花霞に溺愛しているので、妊婦になったは過保護になるだろうなーと思い、書かせて貰いました。産まれてからも、あたふたしながらも、面倒見てくれそうですよね。そして、生まれてから嫉妬するのは、椋のような気がしますが………
また、この作品の話を書きたいなと思ってしまったSSでした。
さて、2月1日からこちらのアルファポリス様で「恋愛小説大賞」がスタートしました。
私は、こちらの「溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を」と連載中の「鴉と白骨は、寂しがり屋の魔女に恋をする」を投稿しました。
そして、本日からそちらの方で読者様よ投票がスタートしました。
この作品が楽しいと思っていただけましたら、ぜひ2つの作品に投票をお願い致します。
お1人3票まであるそうなので、ぜひぜひお願い致します!
目標は書籍化!!で、頑張っているので、応援をよろしくお願い致します。
また、今回のSSの感想も楽しみにしております。みなさまと交流できる場なので、ワクワクしてお待ちしております。
蝶野 ともえ
0
お気に入りに追加
1,010
あなたにおすすめの小説

就活婚活に大敗した私が溺愛される話
Ruhuna
恋愛
学生時代の就活、婚活に大敗してしまったメリッサ・ウィーラン
そんな彼女を待っていたのは年上夫からの超溺愛だった
*ゆるふわ設定です
*誤字脱字あるかと思います。ご了承ください。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】 嘘と後悔、そして愛
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
伯爵令嬢ソニアは15歳。親に勝手に決められて、一度も会ったことのない10歳離れた侯爵リカルドに嫁ぐために辺境の地に一人でやってきた。新婚初夜、ソニアは夫に「夜のお務めが怖いのです」と言って涙をこぼす。その言葉を信じたリカルドは妻の気持ちを尊重し、寝室を別にすることを提案する。しかしソニアのその言葉には「嘘」が隠れていた……

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?


王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる