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22話「知らない喧嘩」
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★☆★
「何だよっ!くそっ!」
玲はその日、苛立っていた。
スーツのネクタイを弛めて、髪をかきむしった。
自宅に帰り、スーツのジャケットを脱いでソファに投げ捨てた。
そして、冷蔵庫から缶ビール、そして台所にあった缶詰を取ってどちらも蓋を開ける。
それを持ってリビングのテーブルに置いてソファにドカッと座った。
「何で履歴書出したときはよかったのに……すぐ断りの電話ばっかりなんだよ!」
缶ビールを飲んで、そう愚痴をこぼした。
玲は転職を繰り返しながら暮らしていた。
それは大学卒業から繰り返していたのだ。何をしても続かず、何かイヤな事や問題が起きるとすぐに辞めていた。それでも生きていけたし、その方が責任がない仕事を続けられるので楽なのだ。
けれど、最近仕事を辞めてから、新しい仕事がなかなか見つからないのだ。説明会や電話などで問い合わせをして面接をしても、すぐに電話が来て不採用が決まるのだ。
「………ついてないな………。」
すぐに仕事を見つけなければ、すぐにお金が尽きてしまう。貯金などほとんど出来ていないのだ。今、同棲をしている彼女はまだ社会人1年のため、お金はほとんど入れていない。
「そして、佳奈はどこいったんだ?……最近帰ってくるの遅いな……。」
茶髪の頭を強くかきむしり、苛立つけれど、それで落ち着くはずがない。缶詰だけでは足りるはずもなく、空腹が襲うがそれでも疲れから何か作ったり買いに行くのも面倒で、そのままソファに倒れた。
部屋は荒れ放題で掃除などいつしたのか覚えていない。昔は綺麗だったのにな、と思い出すのは花霞が居た時だった。彼女は掃除もかかさなかったし、料理も上手かった。その頃は花霞も玲も若く、仕事もやっと慣れてきたばかりで忙しかった。玲も、その頃の仕事が1番長く続いていたのだ。あの頃は、ここの部屋にいると時間の流れがいつもよりゆっくりだったように感じられたのだ。
玲の頭の中に、花霞がにっこりと微笑む姿が思い出され、ハッとして目を開けた。
「あいつの金がもっとあったら………プレゼントしたアクセだって戻ってきてれば少しは苦しくなかったんだ。………くそっ!」
玲は手を伸ばして、テーブルの上に置いてある照明のリモコンを取ろうとした。
ピンポーン。
来客を告げるインターフォンが鳴った。
恋人の佳奈は鍵を持っているし、通販などで何かを頼んだ事はなかった。
不思議に思いながも、重たい体を起こして、玄関のドアまで近づく。
「はい。どちら様?」
「スマホ落としてませんか?部屋の前に落ちてたのもので。」
「え………。」
玲は慌ててズボンのポケットを探った。すると、あると思っていたスマホがなくなっていたのだ。帰宅する前に落としてしまったのだのだろうか。
玲は、落としたことに気づかなかったと思い、「今、開けます。」と、ドアを開けた。
「この携帯、あなたのですか?」
そこには、黒のサングラスをかけた背の高い男が立っていた。白いTシャツに黒ズボンというラフな格好だが、上手く着こなしているせいか、とてもかっかよく見えた。サングラスで瞳は隠れているが、整っている顔だとうのもわかった。
「あ、俺のだわ。どうも、助かった。」
玲は簡単に礼をすると、さっさとドアを閉めようとした。
が、ガタンッと音がした。強い力でドアが開かれていく。振り替えると、サングラスの男が手でドアを開けていた。
「おい、何するんだよ!用は済んだだろ。」
「いや、俺の用が済んでないんだ。ちょっと話し聞かせて欲しいんだけど。」
「は?何で、俺が………。」
サングラスの男の力が勝り、ドアはあっけなく全開に開かれる。玲は唖然としながらも、男を恐怖の目で見た。
スマホを拾って貰っただけの、他人のはずだ。話しなど玲はなかった。
サングラスの男は無表情のまま、冷たい声で言葉を発した。
「今日の会社も不採用だ。もう少しでメールがくるだろう。」
「なっ…………。」
「この3日で5社の正社員やアルバイトでも全て不採用。残念だな。」
「お前、何言って………っっ!!」
ドガッと音かした。
それと同時に、玲の体が後ろに吹っ飛び、部屋の廊下に倒れ込んだ。少しずつ腹部に痛みを感じ始め、声も出ずに「ゴホッゴホッ!」と深い咳が出た。
呼吸も苦しく、玲は腹を抱えながら咳をくり返した。恐る恐る玄関の方を見ると、サングラスの男が部屋に入ってきた。黒い靴を履いたままこちらに向かってきている。
その背後でバタンッとドアが閉まる音が聞こえた。
突然蹴りを入れてきた知らない男と2人きりになってしまったのだ。玲は恐怖から体が震えた。
サングラスの男は、玲の傍に立ったまま、玲を見下しながら話し始めた。
その話しを聞くと、玲は更に恐ろしくなってしまう。
「おまえ、数年前に不正して会社の金をお横領しただろ。」
「………なっ……。」
「よかったな。そこ社長が気づかなくて。散々お金を取って、会社の経営が傾いてきたらさっさと辞めたんだろ?賢いな、宍戸玲さんは。」
「それを、どこでっ!」
「………あぁ、やっぱり本当だったんだ。」
「っっ!!」
この男は人を小馬鹿にしたように話すが口元が全く笑っていない。それが更に玲を怖がらせているのだ。
「それをお前が今必死になって面接や履歴書送っている会社にリークしんだよ。だから、すぐに不採用になる。」
「お前………何を………。」
「あぁ、安心しとけ。その横領していた会社にも教えておいたから。その内連絡でも来るんじゃないか?よかったな、謝罪して返済する事が出来る。罪を認められるな。」
「何で、そんな事してんだよっ!」
まだ腹部は痛んだけれど、先ほどよりは大分ましになったようだ。玲はよろよろと立ち上がり、サングラスの男に向かって強く言葉を投げかけた。けれど、その男は怯むことなく、ただこちらを見ているだけだった。
反応がない事や、散々やられっぱなしの事、そして横領についてバレた事で頭に血がのぼっていた。
何故目の前の男がそんな事を知っているのか。どうして、玲が面接を受けたり履歴書を送った会社を知っているのか、そして、何故玲の名前さえ知っているのか。全くわからなかった。先ほどスマホを持っていたのも、たまたまとは思えなかった。
自分の事をこそこそと嗅ぎ回っていたのか、と思うと更に怒りが増してくる。
玲はサングラスの男に向かって、拳で殴りかかった。けれど、いとも簡単に腕を掴まれ、そのまま体の動きを使い、玲をまた床に振り落とした。腕が曲げられ、「いってててっっ!離せ!」と大声を出すしかできなかった。けれど、その声を聞いてか、男はすぐに手を離した。
「悔しかったら必死に働いて、横領した金を全部返すんだな。これからは、働き口には連絡はしないでおく。」
「…………くっ………。」
力でこの男には敵わないとわかり、玲はサングラスの男を悔しさを込めて睨み付けた。その時、キラリと光るものが男の首にあるのに気づいた。
ネックレスに小振りのリングがついていた。それを目にした時、玲は赤い宝石がついている小さなリングに見覚えがあることに気づいた。
「………その指輪は…………お、おまえ、まさか………花霞の………。」
「あぁ、やっとわかったか。そうだよ、花霞の結婚相手だ。」
「………あいつ、本当に結婚したのか……。」
「花霞から取った金を請求しに来たわけじゃない。そんな事をしても、持ってないだろうし。」
「じゃあ、何を………っっ!!」
男は片手で玲の胸ぐらで掴んで引き寄せた、そして、顔を寄せて今までで一番低い声で、玲に言葉を返した。
「彼女の前に、2度と目の前に現れるな。彼女を泣かせるな。…………それをやぶったら、徹底的に潰す。」
「あ、あんな女、どこがいいんだ!俺だって会いたくもないっ!」
「………チッ!」
「っっ!!」
舌打ちと共に、男の拳が玲の頬に食い込み、体が壁に吹っ飛んだ。
玲の顔からは鼻血が出ており、左頬は真っ赤に腫れ上がっていた。
「はー………殴るつもりじゃなかったんだが………。俺も我慢出来ない方なんだ。悪いな。」
「………こんな暴力………いいと思ってんのか?」
「………忠告はした。もう花霞とは関わらないでくれ。何かあるなら俺が聞く。あぁ、それと佳奈って女、今は他の男とデート中だ。残念だったな。」
「っっ!!………くそっ!」
サングラスの男は、玲を鋭い視線で睨み付けながらそう言うと、ゆっくりと廊下を歩き出ていこうとした。
玲は、よろよろと体を起こし、頬を押さえながら最後に大きな声で罵声を上げた。
「そんな事する奴は、花霞を幸せになんかできないんだよっ!!」
「……………。」
玲の言葉に返事はなく、バタンッと扉が閉まる音だから返ってきた。
扉の外で、男が「そんな事はわかってる。幸せに出来ないから………今だけは守ってあげたいんだ。」と呟いたのは玲には聞こえるはずはなかった。
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