俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ

文字の大きさ
11 / 32

10話「幸福と残酷な優しさ」

しおりを挟む





   10話「幸福と残酷な優しさ」





 何故、色にそんなことを言ってしまったのか。
 翠自身よくわからなかった。

 でも、どうしても我慢できなかったのだ。
 きっと彼に自分の気持ちがわかって欲しかったのだと、翠は思った。
 それが、用意していた言葉の逆の意味だったとしても。


 「ご、ごめんなさい。冷泉様。突然、こんなことを言ってしまって!」


 翠は今更ながら恥ずかしくなってしまい、色の両腕の挟まれながら、体をモゾモゾさせた。涙で濡れた頬や瞳をゴシゴシと手の甲で拭こうとする。 
 けれど、その前に色の「泣くな。」という言葉と共に優しく両手で顔を包み込まれ、指でそっと涙を、ぬぐってくれた。
 それが大切なものに触れるかのようなもので、翠は更にドキドキしてしまう。

 告白してからの、色の優しい様子に、翠は頭の中がパンクしそうになっていた。
 その恥ずかしさから、抜け出そうと体を起こそうとしたが、それも色によって阻まれてしまう。


 色の体温と、重さ、そして白檀の香り。
 首と畳の間に腕をまわして、色は翠の事を抱き締めていた。翠の視界には、綺麗な黒髪と天井が見える。
 なんで、抱き締められているのか、色はどうしてこんな事をするのか。
 どうしても、期待してしまう。


 「冷泉様?」

 
 長い間、彼は黙ってただ翠を抱き締めていた。翠は心配して彼の名前を呼んだ。すると、やっと彼は反応してくれた。
 名前を呼ぶと、色がゆっくりと顔を上げる。
 頭の横にあった、色の顔が目の前にきて、やっと彼の表情を見ることが出来た。

 色は、辛そうな顔をしていた。
 その表情を見ると、顔を背けたいのに見つめてしまう。その先が聞きたくない。でも、彼のその表情はあまりにも儚くて、そして綺麗すぎた。


 「……ごめん。」


 今のは言葉だったのだろうか。それぐらい、微かな声だった。
 告白を断る言葉なのに、彼の態度はとても優しく私の頭を撫で続けた。どうしてこんなにも、あやすように優しいのか。
 それは、自分が泣いているからだとわかるまでに、しばらく時間がかかった。


 「泣くな。」
 「………なんで優しくするんですか?」
 「…………。」
 「なんで、好きでもないのに、優しくしたり、キスしたりするんですか?私、期待してしまいます………。」
 「ごめん……。」


 翠は顔を覆いながら泣き続けた。
 翠の大好きな彼の香りと体温と優しさは、今は辛いだけだった。



 「好きなのかわからないけど、憧れてる人がいるんだ。今は、そいつしか考えられない。もう会えないと思ってるが、まだ忘れられない。」
 「…………。」
 「おまえと似てる気がしたんだ。あまり覚えてないから、よくわからないんだけどな。」


 色は、独り言のように呟いた。
 彼が自ら自分の事を話すのは珍しかった。

 ただその色が紡ぐ、優しくキラキラした言葉と瞳をみて、「あぁ。敵わないんだ。」と、彼にそんな顔をさせてる知らない誰かに嫉妬してしまう。

 それぐらいに、その人を想って話す色の顔は、希望に溢れていた。

 それでも、彼が好きでいてしまう自分を翠は執念深いのかなと、思ってしまう。本気で好きになると、諦められなくなってしまうのだろうか。

 色は「悪かったな。」と言いながら、腰支えて優しく起こしてくれた。グシャグシャになった顔を見られてしまうのは恥ずかく、そして、断られてしまった事で顔を見ることが出来なかった。
 

 「今日はもう止めにしよう。………本気で辞めたいなら辞めてもいい。」


 少し着崩れた着物を直しながら、色はそう言った。好きでもない女に告白されて、その人と二人きにりで過ごすのは、気まずいのかな、と翠は自分でも嫌になるぐらい卑屈な考えをしてしまっていた。


 「………冷泉様。私、冷泉様の迷惑にならない程度でいいので、一緒にいたいです。今まで以上に勉強して、冷泉様にいろいろ教えるので。やはり、辞めなくてもいいですか?」


 勢いよくそう言ってから翠は、少しだけ後悔した。
 断られた女なのに、未練がましく「会いたい。」と言うのは、彼も迷惑するだろう。バカな女だと思われるかもしれない。 
 それでも、まだ飽きられられないのだ。
 色に断られたる覚悟で言った言葉だった。

 けれど、返ってきたのは彼らしく言葉と優しさだった。


 「おまえは、我が儘な女だな。仕方がない………まぁ、俺も辞めさせるつもりはなかったからな。」


 いつものニヤリとした微笑みと俺様な言葉。
 久しぶりの表情と、隠された彼の本音に、安心してしまい、翠が泣くと「いい大人が泣き虫か。」と笑いながらまた、今度は少し乱暴に頭を撫でられた。
 色の優しさが嬉しくて、残酷で。翠はチクりと胸が痛くなった。








 その日は、家庭教師の時間はなく、すぐに車に乗せられた。いつものように、自宅まで送ってくれるのかと思ったが、目的地は違うようで、知らない道を車は走っていった。

 小さなレストランを入ろうとしていたので、「泣き顔では恥ずかしいです。」と、翠は断ったけれど、「個室だ。」と有無を言わせずに手首を掴まれて、またズルズルと引き面れるように店内に入った。

 イタリアンのレストランで、色は「ここのピザがうまいんだ。」と教えてくれた。ふたりで遅めの夕飯を食べ、いつもと少し雰囲気は違ってしまったが、言葉を交わした。

 家庭教師は、半分にして週3日にすることになった。そして、お互いに忙しい時は、無理はしないことにしたのだ。
 

 目の前には、大好きな人。
 けれど、告白しフラれた相手。そして、家庭教師である自分の生徒。
 そして、それもあと約1ヶ月の関係。

 
 そんな複雑な関係だけれど、翠は色が変わらずに愛しいと感じていた。
 一生懸命頑張って最後までギリシャ語を教えて、色にギリシャへの出店を叶えてもらいたい。
 そして、また彼との時間が最後の日に、もう一度気持ちを伝えよう。

 向かい側に座り、食後のコーヒーを優雅に飲んでいる、着物が似合う俺様で年上の彼に。
 翠はそう決心すると、色にバレないように、こっそりと微笑んだ。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

処理中です...