アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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19話「淡い期待」

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   19話「淡い期待」



 酔っぱらった周を泊めた日。
 吹雪はリビングのソファで一夜を過ごした。大きめのベットであるし、冬でもないので、ブランケットがあれば十分寝られた。
 けれど、熟睡出来なかったのは、周の事を考えてしまったからだろう。周にキスされた事。彼が大学生だという事実。吹雪は頭の中でいろいろな事を考えた。


 明日が彼と過ごす最後の日になるだろう。
 そうならない事を願うけれど、きっと彼を好きだと思っているのは自分だけなのだ。
 彼に想いを伝えて、潔く離れよう。
 朝日が昇ってきた時間帯に吹雪はそう決心した。





 この日はたまたま仕事が休みだったため、吹雪は朝に寝ても平気だった。彼が起きるのも遅いはずだと思い、少しだけいつもより朝寝坊する事にした。

 すると、9時過ぎ頃に寝室からバタバタと音が聞こえてきた。


 「………ん…………、周くん………?」
 「あ、あの………おはようございます」


 寝室のドアから慌てた様子の周が現れた。
 髪はボサボサでシャツは皺になり、ネクタイは寝ているときにはずしてしまったのか、胸元がはだけていた。子どものような姿に吹雪は思わず微笑んでしまう。


 「おはよう。二日酔いは大丈夫?」


 吹雪は目を擦りながらソファから体を起こす。すると、周は「本当にごめんなさい!………昨日はかなり酔っていて。………ご迷惑おかけしました!」と、勢いよく頭を下げたのだ。彼はかなり焦っているようで、動揺した様子だった。
 吹雪は彼を安心させるように、クスクスと微笑んだ。


 「大丈夫よ。少し驚いたけど、ここまで無事に来れてよかったわね。道で寝てたら困るもの」
 「………ベットまでお借りしてしまって……」
 「いいのよ。このベットで本を読みながら寝落ちしちゃう事もあるしね」
 「………本当にすみませんでした」


 何度も謝る周に、吹雪は微笑みかけながら、「気にしなくていいのに」と声を掛けた。そして、ソファから立ち上がり、体を伸ばした。


 「朝御飯食べる?軽いものにしておこうか?」
 「………あの吹雪さん、今日は仕事おやすみ?」
 「うん、そうだよ」
 「じゃあ、昨日のお詫びにブランチご馳走する。それに、連れていきたい所があるんだ」
 「…………わかった。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


 吹雪はそう言って彼の提案を承諾した。
 周は嬉しそうに「ありがとう!」と笑った。

 正直、彼と1日過ごすの事に戸惑いがあった。けれど、今日で最後かもしれない。そうなるならばわ彼との最後デートを楽しもう。そう思ったのだ。




 
 周は昨日はホストの衣装のまま帰宅したようで、私服は持って帰ってきていた。彼がシャワーを浴びている間に吹雪も出掛ける準備をした。
 そう言えば、素顔を彼に見られていたのだなと思うと、今さらながら恥ずかしさを感じてしまい、彼が戻ってくる前に身支度を整えようと、早めに準備を整えた。
 お気に入りのワンピースにロングのカーディガンを合わせて、髪は何度もとかして艶々にした。彼に想いを伝えるのだと思うと、気合いが入ってしまう。けれど、泣いてしまうかもしれない………。そう思うと、アイメイクは控えめにしたのだった。


 「わぁー……そのワンピース似合いますね」
 「あ、ありがとう」


 そこにシャワーを浴びて私服に着替えた周が戻ってきた。吹雪の服装を見て、キラキラした瞳で褒めてくれるので、吹雪は照れてしまう。彼がそうやって自分を褒めてくれるのには、別の理由があるのに。


 「周くんは褒め上手になってきたね。さすがはホストさん」
 「俺はホストだからじゃなく………」
 「ほら、髪乾かしてきて、お出掛けしよう。早くしないとお昼になっちゃうよ」
 「う、うん………」


 吹雪は彼にドライヤーの場所を教えて彼との会話を無理矢理止めた。
 今は彼の言葉に対する愚痴だったかもしれない。周もきっと嫌な思いをしたはずだ。
 ブオォーーーとドライヤーの機械音が聞こえて来た。その音に紛れて、吹雪は「最低だな……素直に喜べないなんて、可愛くない女」と、自分への悪口を吐いたのだった。


 周はおしゃれなパン屋さんを教えてくれた。コーヒーとパンをテイクアウトして、近くの公園で2人で遅い朝食をとった。
 外で食べる朝ごはんはとても新鮮で、吹雪はいつもより美味しく感じられた。それは、パンが美味しいからなのか、彼と一緒なのか。きっと、どれも正解だろう。

 2つ目のパンを口にしながら、吹雪は彼に問いかけた。


 「今日はどこに連れていってくれるの?」
 「内緒!吹雪さんが喜ぶところだと思うよ」
 「気になるなー」
 「楽しみにしてて」


 周はそう言うと、美味しそうにパンを食べながら笑った。
 穏やかな平日の午前中。春の心地いい風が公園の中に漂っていた。どこからともなく花の香りがしてきて、ホッとする平和な時間帯だった。
 こんなゆったりとした時間を周と過ごす。
 最後に相応しいデートだな、と吹雪は思った。
 隣に座るだけで、落ち着いて、でもドキドキもする。大切な好きな人。だけれど、周が同じ気持ちでなければ恋人になれないのだ。
 どんなに好きだとしても、叶えられない恋愛もある。


 「周くんは本当にかっこいいホストになってるよね。私が好きだなって事いろいろわかってくれてるし、自然に褒めてくれるところ、本当に嬉しいんだよ。だから、きっと立派で有名なホストになれるんじゃないかな?」


 くしゃりとパンを包む紙が潰れ、柔らかいパンも形を変える。
 本心でそう思っているはずだから彼にその言葉を伝えたはずなのに、どうしてか彼の方を見れない。それに、切ない気持ちになってしまう。
 そんな吹雪の変化を彼が見逃すわけはない。


 「………どうしたの?」
 「え?」
 「最近、ホストの話しをする時吹雪さんの顔が悲しそう。………俺、何かした?」
 「そんな事ないよ。頑張ってるなーって思ってるだけで……」
 「俺は吹雪さんを笑顔にしたいって思ってるだけだよ」
 「………ありがとう………」


 どうして、そんな事を今さら言うのだろうか。そんな事を言われてしまったら、少しだけ期待してしまう。
 彼も同じ気持ちなんじゃないかと。

 吹雪は、自分の気持ちを隠し通せずに、悲しげな表情から、頬を赤くして、周の瞳を見つめながら笑顔を見せたのだった。




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