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20話「突然の終わり」
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彼に手を引かれて歩く。
この手の温もりと感触にも、あと少しでさようならだと思いつつも、もしかしたらこれからも恋人という関係になって続けられるのかもしれない。吹雪は、そんな事を心の奥底で期待していた。だからこそ、寂しさよりも緊張感を感じていた。
「ここら辺なんだ。んー……どこだろう?」
周は、キョロキョロとビル達を眺めながらそう呟いた。彼に連れてこられたのは、ファッションビルや高級ブランドの店が建ち並ぶ街の中心部だ。昼間にも関わらず多くの人たちが行き交っている。
吹雪にとってあまり訪れたことない街並みだった。
「こんな所に用事があるなんて、すごいね…………」
「俺はすごくないよ。ただ、確かにすごいものが待ってるよ」
彼の表情はとても明るく、ワクワクしたものでとても楽しそうだった。彼がそんな顔をしたのを、吹雪はいつか見たことがあったように思えた。それはいつだっただろうか。
「あった!ここだ!」
そう行って、彼が入っていったのは、ガラス張りになっている入り口だった。入り口には沢山の花が飾られている。オープンしたばかりの店なのだろうか?
しかし、入り口に何かのポスターが貼られており、それを見て吹雪はここがどんな場所なのかを理解した。
「ここってギャラリー………?」
「そうだよ」
周に連れられてやってきたのは、広いギャラリー施設だった。所々に綺麗な花が飾られているおしゃれな空間だった。そして、そこには沢山の硝子細工の食器が置かれて、照明を浴びて宝石のように輝いていた。
「硝子の食器……?」
「そうなんだ。お気に入りの作家さんのギャラリーが開催されるのを知って、吹雪さんにも見てほしくて招待したんだ」
「すごい………綺麗……」
吹雪はその透明で繊細な煌めきに誘われるように、手前の色とりどりのドットの模様がついているグラスに近づき見いってしまった。
「あー、それは………」
「津軽びいどろって言うんだよ」
周とは違う低い声の男性の声が聞こえてきたので、驚き後ろを振り向くと、そこには肩まで伸びた髪を後ろで結び、個性的な刺繍のカーディガンを羽織った男が、小さく手を振りながらこちらにやってきていた。ニコニコと微笑み、吹雪と周の近くにやってきたのだ。
「柴田さん!」
「周、久しぶりだなー」
周はその男性と面識があるようで、お互いに挨拶をした後、「こちら、明日見吹雪さんです。吹雪さん、食器が好きなんです」と、紹介をしてくれた。
「柴田さんは俺の知人で、このギャラリーで展示している硝子を作った人なんだよ」
「そうだったんですね。素敵な作品ばかりなので……これからゆっくり拝見させてください」
「えぇ。ゆっくりして行ってください。あなたのような女性に見られたら、俺の作品も喜ぶでしょう」
そう言って柴田は大きく笑った。
けれど、先程から柴田はジロジロとこちらをさりげなく見てきているのがわかった。
その視線を不思議に思いつつ、吹雪は柴田としばらくの間会話を楽しんだ。
「明日見さん。しばらく、周を借りますね。久しぶりに会ったもので、少し話したいことがあるので」
「えぇ、もちろん。私はギャラリーを見させていただきます」
「………吹雪さん、ごめん。すぐに戻るから」
柴田に言われ、周は奥にあるスタッフルームに呼ばれて行ってしまった。久しぶりに会ったのだから、話したいこともあるだろう。
それに、昨日の夜に偶然見つけてしまった、彼の大学の学生証。美術系の大学だった事から、もしかしたら大学の先輩なのかもしれない。そう予想を立てながら、吹雪は一人でギャラリーを見て回った。
すでにお客さんも少しずつ増え始めていた。スタッフも多くおり、柴田という男は有名な人だというのがわかった。
作品はいろとりどりの食器や小物入れがあった。アクセサリーなどもあり、気軽に手に取れるものも多かった。そのため、女性客も多かった。吹雪も花の形をした硝子のヘアピンを見つけて購入しようか迷ったぐらいだった。
一通りの作品を見終わった後も、周は戻ってくることはなかった。
柴田と周が入っていった部屋の前で少し待ってみる事にすると、ちょうどスタッフがその扉から出てきた。
すると、柴田の大きな声がもれて聞こえた。ギャラリーに届くほどではなかったが、ドアの前に居た吹雪には聞き取れるほどのものだった。
「周、本当に女を連れてきたんだな!しかも、あの明日見って明日見総合病院の娘さんだろ?俺の地元が同じだからすぐにわかったぞー。いい女見つけたじゃないか!」
柴田の話す内容が耳に入った途端、吹雪はドクンッと胸が震えた。
彼らは何の話しをしている?
自分の話しをしていて、どうしてそんな話しをしているのか。
きっと聞いてはダメな事だ。
聞いてしまったらショックを受ける。自分が傷つくのではないか、そんな予感がした。その勘は今までよく当たり、吹雪は聞かない方がいいのわかっていた。
それなのに、足が地面にくっついたかのように、その場から動けなかった。
「柴田さん、俺はそんなつもりは………」
「約束は約束だ。ここのギャラリーを持つ経営者さんには俺が紹介しておこう。まさか、俺が「女を作って俺に紹介すれば、ギャラリーを紹介してやる」って約束を、周が実行するなんてなー」
頭がくらくらした。
柴田の言葉が信じられなかった。
けれど、周の次の言葉はもう吹雪の頭の中には入ってこなかった。
周と出会ったのは偶然だった。
そこで、彼の提案でホストの練習台になり、優しくされ甘い言葉を言われているうちに、本当に好きになってしまった。
そして、そんな周に言われるままそのギャラリーに来たのだ。
周の目的は、全てこれのためだったのだろうか。
そう思うと、吹雪は目眩がしてきた。
そして、涙が浮かんでくる。
怒るよりも、裏切られたという悲しい結末が信じられなかった。
想いを伝える前に、この恋は終わってしまった。
いや、始めから恋などではなかったのだ。
周の声が聞こえたが、それはもう吹雪には聞こえない。
吹雪はフラフラとその場から逃げるように立ち去ったのだった。
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