7 / 31
6話「泣いてもいいよ」
しおりを挟む6話「泣いてもいいよ」
周と出会って1週間が経ったこの日。
カフェでは、ホストの練習をするのが目立つ事がわかり、吹雪の提案でカラオケに行く事にした。前回、周がとても甘い言葉を囁き続けたので、隣にいた女の子達に苦笑されていたのに、吹雪は気づいていた。そのため、個室の方がいいと思ったのだ。
2人きりになるのは恥ずかしいと思いつつも、この方法が1番良いのではないかと考え、提案すると、周も「そうですねー!確かにカフェでホストも恥ずかしいですもんね」と言ってくれたので、安心した。
意を決して2人で密室であるカラオケルームに入る。彼ならば大丈夫だろうと思いながらも、向かい合って座ろうと決めていたが………それを周は許してはくれなかった。
「あの!吹雪さんに聞きたいことがあるだけど」
「………何………かな?」
吹雪の隣に座り、かつかなり接近して声を掛けてくる周は、真剣そのものだった。
彼が何を話し始めるのか。吹雪にはわからずドキドキしながら周の瞳を見つめる。彼も緊張しているようで、瞳が揺らいでいるのがわかった。
もしかして………と、期待してしまう自分がいる事に気づいて、吹雪は自分自身の考えにため息が出そうになる。
また、すぐに人を信じて誰かとの恋を想像する。それが自分のだめな所だとわかっているはずなのに。
「俺と初めて会った日の事、聞きたい………。聞いていいいか迷ってたけど、やっぱり気になるから」
「え………」
「少し目が赤くなってたし、アイメイクも落ちてたから………何かあった?」
まさか、出会った時の事を言われると思わず、吹雪は言葉に詰まってしまう。
すると、彼は眉毛を下げて悲しげな表情で、吹雪の顔を覗き込んでくる。
「えっと………大したことじゃない、から………」
「目が赤くなるほど泣いたのに?俺に聞かせて。練習に協力してもらってるから、少しでも吹雪さんの役に立ちたい。それに、ホストはそういう話を話して、癒してあげるのも大切だと思うんだよね。だから、教えて………」
「………そう、だね」
どうしてだろうか。
優しい言葉のはずなのに、少しだけ胸が痛むのは。
周はきっと優しさから言っているとわかっているのに、吹雪は素直に喜べなかった。その理由に気づかないフリをしながら口を開いた。
そんな風にモヤモヤとした気持ちが残っているはずなのに、彼に話したいと思ってしまう。
吹雪にとって周は、やはりとても不思議な存在だった。
「………楽しくない話だけどいいかな?」
「いいよ。何があったの?」
「友達の紹介で男の人と会ったの。とても紳士的で落ち着いてて感じのいい人だったよ。けど、実は婚約者が居て……その………愛人関係にならないかって言われたの。断ったら高級ディナーのお金取られちゃった………」
「………そんな事があったんだ。辛かったね」
「でも、それよりも………私はその人の事いいなって思ったわけでもないのに、付き合わなきゃ損だな、とか、これを逃したら結婚出来ないかもしれないって心の中で思ってた。昔みたいに、本当に好きになってからダメになるより、こういう人と結婚すればいいのかなって思っちゃったの………本当に最低でしょ?」
自分のドロドロとした醜い感情。
それをさらけ出してしまったら周はどう思うだろうか?失望するだろうか。それとも1人の客として慰めるのだろうか。
そんな後悔が後から襲ってくるけれど、もう今の言葉は彼の耳に入ってしまっている。言わなければ良かったと思っても遅いのだ。
彼の次の言葉が怖い。
視線が怖い。
表情が怖い。
そう思ったけれど、次に感じたのはそのどれでもなかった。
気づくと周に引き寄せられ、そのまま吹雪の体は彼の腕に包まれていた。
彼の温かいぬくもりを感じ、驚いて、吹雪は体を硬直させてしまう。
「あ、周くん………あの………」
「そうやって好きな人を探していくのも、恋愛の1つのあり方だと思うよ」
「……ぇ……」
「全ての人が始めから相手を好きだったり、一目惚れだったりするわけじゃないと思う。まだ知らない段階で、知るために恋人になる人もいるんだから………。辛いことをされたのに、そうやって自分を責めないで」
「………周くん………」
周の言葉が胸に染み込んでくる。
ゆっくりと語りかける優しい声。「間違ってないよ」と言ってくれる彼の気持ちが、吹雪にとってとても安心できるものだった。
耳元で語る周の声を、彼の体温を感じながら聞いていると、何故だか視界がボヤけてきた。そこで、吹雪は自分が泣いているのだとやっと気づくことが出来た。
涙を拭こうと手を動かそうとしたけれど、周が強く抱きしめており、吹雪は涙を拭う事が出来なかった。
「周くん………私………」
「……本当は昔の話も聞きたい。けど、もう1つ辛い事を思い出すのは吹雪さんにとって悲しい事だから………その傷を俺が癒せたら………また、聞かせてください。そうしたら、また癒してあげられるから」
そう言うと、周の腕の力がまた強くなる。
吹雪の耳は、ドクンドクンッと彼の鼓動に支配されてしまう。
だけど、それが今の吹雪には何よりも安心出来る場所だった。
「………怖かった………」
「……うん……」
「冷たい目も、鋭い言葉も、周りの視線も………怖かったの………」
「そうだね………吹雪さんは間違ってない」
周の言葉とぬくもりに甘え、吹雪はその日やっと泣く事が出来た。
大人になると涙を我慢する。
大人になると独りで泣こうとする。
大人になると甘えるのが恥ずかしくなる。
そんな、立派な大人というレッテルを剥がしてくれる。周は、不思議な存在だった。
ホストの男性は甘い香りがすると思っていた。気高く、花のような高貴な香りを纏っているようなイメージだが、周は違った。
どこか懐かしい、自然の香りがしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる