おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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127.グラサン

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「おじさん、ごめん、僕……」

「何も謝ることはない。このとおりおじさんは無傷だ」

 一度齧りとられた肩や腕も神酒の力で元通りだ。
 しかし少年には俺の肩や腕を齧り取ってボリボリと食べた記憶がしっかり残っているようで、いまにも泣いてしまいそうな顔をしている。
 少年は気持ち悪くなったのか胃の中身をすべて吐き出す。
 変身したときに食べたものが少年の胃に入るわけではないようで、胃液しか出なかった。
 食べられた俺の腕はどこにいってしまったのだろうか。
 いや、そんなことよりもまず少年の服をなんとかするべきか。
 巨大な狼人間に変身したせいで少年の服はビリビリに破けてしまっている。
 少年の少年が顔を出してしまっている。
 この格好でうろつかせるわけにもいかないだろう。
 俺は異空間収納に入っている替えのシャツとズボンを取り出す。

「おっさんのお古で悪いんだけど、これよかったら着てくれ」

「ありがとう」

 おっさんのお下がりの服なんて中学生くらいの子供が一番嫌がる服だと思うのだけど、少年は嫌な顔ひとつせずにその服を身につけていく。
 どんな育て方をしたらこんな素直な子供に育つのだろうか。
 俺は今のところ結婚する気も子供を作る気もないけれど、参考までに聞いてみたいところだ。

「おじさん、色々ありがとうございました。僕は和泉悠馬といいます。厚かましいお願いなのですが、外のことを何か教えてもらえませんか?」

 少年は服を着て少し落ち着いてきたようだ。
 あれだけショッキングなことがあったのにすぐにこれからのことを考えることができるのは凄いことだと思う。
 だが話をする前にその首に嵌ったままの無骨な首輪を外してしまおう。
 狼人間に変身した拍子に服はすべて破けたというのに、不思議と首輪だけは嵌ったままだ。
 人によってサイズを変えるようなファンタジーな術式が刻まれているのかもしれない。
 もっとも、完全に神の尖兵と化した少年が首輪の力でプロットの命令を聞いたかどうかは疑問だが。
 あんな化け物をこんな首輪一つで御せるとは思えないけどな。

「俺は木崎繁信。ちょっと首に触れるからね」

 俺は少年改め、悠馬君の首に嵌る首輪に触れ、解錠する。
 無骨な首輪がはずれ、地面に落ちた。

「あ、首輪が……」

「プロットはあの通り死んだけれど、また命令権を持つ者が出てきたら大変だろう」

「ありがとうございます」

「それで、これからの話なんだけど。ここが王宮の地下牢だというのは知っているかい?」

「はい、プロットにそう言われて連れてこられましたから」

「俺はここに囚われているであろう人物を助けに来たんだ。でも君たちを放ってはおけない。だから、これから俺のお世話になっている貴族の領地に送ろうと思うんだ」

「いいんですか?」

「大丈夫、気のいい人だからさ。それに、貴族にとっては一時的にでも自分の陣営に勇者が増えるのは利益になるはずだ」

「そうですか。でも僕は、あの神器を使うのはもう……」

 俺達異世界から召喚された勇者の価値はそのほとんどが神器だ。
 貴族にお世話になるというワードからは対価として神器を使わされるというイメージがどうしても付きまとう。
 だが男爵は使いたくない神器を無理矢理使わせて戦場に立たせるような人ではない。
 この世界に来て初めて接した貴族がこの国の貴族では貴族という人種に対して偏見が凝り固まってしまっても仕方ない。
 神狼ゲームを使わないという少年の選択には俺も同意だ。
 あれは神の悪意が詰め込まれたような神器だから。

「ああ、神狼ゲームはもう使わないほうがいい。お世話になる貴族も無理強いするような人じゃないから安心するといい」

「信頼しているんですね」

「まあ、この世界に来てからずっとお世話になった人だからね。それに、一緒に酒を飲んでみれば人の良し悪しは大体分かるものだよ」

「大人はそんな感じなんですね。おじさんが信頼できるって思った人なら、僕も信じられる気がします」

「今男爵領には君のほかにも何人か勇者がいる。男爵以外にも困ったら助けてくれる人はたくさんいるよ。そこで寝ているグラサンも一応男爵領に連れて行くつもりだしね。彼のことは君のほうがよく知っているかもしれないけどね」

「グラサンさんですか。面白い人ですよね」

 悠馬君から見てもグラサンはそういう評価の人物らしい。
 ていうか悠馬君にもグラサンって呼ばれてるんだ。

「あの人、名倉三郎さんって人なんです。だからあだ名がグラサンで……」

「ああ、そういう……」

 リアルにグラサンがあだ名の人だったか。
 俺はすやすやと暢気な寝息を立てて眠っているグラサンを肩に担ぐ。

「じゃあ、行こうか」

「はい、お世話になります」

 ここには転移魔法防止の仕掛けもない。
 一度男爵領に転移してもまた戻ってこられるだろう。
 俺はもう何度目か分からない男爵領への転移魔法を発動した。




「ここが……」

「ああ、男爵の屋敷だよ」

「なんていうか……」

「小さいだろう?」

「い、いえ、そんな……」

 男爵の屋敷はお世辞にも大きいとは言えない。
 田舎の市立図書館くらいの大きさの建物だ。
 2階建てで1階には食堂を含めた7部屋、2階には8部屋だ。
 築100年以上の古い建物で、本館には風呂がない。
 本館に風呂を造るスペースが無かったために風呂だけ別館になったほどの建物なのだ。
 王都で見たプロットの屋敷とは大違いだ。
 庭の広さはいい勝負だけどね。
 庭といっても噴水とかあるプロットの庭に比べてこちらは何もないただの広場なのだけど。
 勝負になるのは広さだけだ。
 
「朝とか、ジョギングするにはいい庭だよ」

「ジョギングですか。僕も始めようかな」

「ああ、何をするにも体力は必要だからね」

 俺は担いだグラサンを屋敷から出てきた男爵家の家令であるケルビンさんに預け、悠馬君のこともお願いしておく。

「すみません、あとはお願いします。私はまだ少しだけ王都でやることがありまして」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ。この2人のことはお任せください」

 ケルビンさんは綺麗な45度のお辞儀で俺を見送る。
 なんかこういうのいいね、貴族みたいで。


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