上 下
139 / 205

127.グラサン

しおりを挟む
「おじさん、ごめん、僕……」

「何も謝ることはない。このとおりおじさんは無傷だ」

 一度齧りとられた肩や腕も神酒の力で元通りだ。
 しかし少年には俺の肩や腕を齧り取ってボリボリと食べた記憶がしっかり残っているようで、いまにも泣いてしまいそうな顔をしている。
 少年は気持ち悪くなったのか胃の中身をすべて吐き出す。
 変身したときに食べたものが少年の胃に入るわけではないようで、胃液しか出なかった。
 食べられた俺の腕はどこにいってしまったのだろうか。
 いや、そんなことよりもまず少年の服をなんとかするべきか。
 巨大な狼人間に変身したせいで少年の服はビリビリに破けてしまっている。
 少年の少年が顔を出してしまっている。
 この格好でうろつかせるわけにもいかないだろう。
 俺は異空間収納に入っている替えのシャツとズボンを取り出す。

「おっさんのお古で悪いんだけど、これよかったら着てくれ」

「ありがとう」

 おっさんのお下がりの服なんて中学生くらいの子供が一番嫌がる服だと思うのだけど、少年は嫌な顔ひとつせずにその服を身につけていく。
 どんな育て方をしたらこんな素直な子供に育つのだろうか。
 俺は今のところ結婚する気も子供を作る気もないけれど、参考までに聞いてみたいところだ。

「おじさん、色々ありがとうございました。僕は和泉悠馬といいます。厚かましいお願いなのですが、外のことを何か教えてもらえませんか?」

 少年は服を着て少し落ち着いてきたようだ。
 あれだけショッキングなことがあったのにすぐにこれからのことを考えることができるのは凄いことだと思う。
 だが話をする前にその首に嵌ったままの無骨な首輪を外してしまおう。
 狼人間に変身した拍子に服はすべて破けたというのに、不思議と首輪だけは嵌ったままだ。
 人によってサイズを変えるようなファンタジーな術式が刻まれているのかもしれない。
 もっとも、完全に神の尖兵と化した少年が首輪の力でプロットの命令を聞いたかどうかは疑問だが。
 あんな化け物をこんな首輪一つで御せるとは思えないけどな。

「俺は木崎繁信。ちょっと首に触れるからね」

 俺は少年改め、悠馬君の首に嵌る首輪に触れ、解錠する。
 無骨な首輪がはずれ、地面に落ちた。

「あ、首輪が……」

「プロットはあの通り死んだけれど、また命令権を持つ者が出てきたら大変だろう」

「ありがとうございます」

「それで、これからの話なんだけど。ここが王宮の地下牢だというのは知っているかい?」

「はい、プロットにそう言われて連れてこられましたから」

「俺はここに囚われているであろう人物を助けに来たんだ。でも君たちを放ってはおけない。だから、これから俺のお世話になっている貴族の領地に送ろうと思うんだ」

「いいんですか?」

「大丈夫、気のいい人だからさ。それに、貴族にとっては一時的にでも自分の陣営に勇者が増えるのは利益になるはずだ」

「そうですか。でも僕は、あの神器を使うのはもう……」

 俺達異世界から召喚された勇者の価値はそのほとんどが神器だ。
 貴族にお世話になるというワードからは対価として神器を使わされるというイメージがどうしても付きまとう。
 だが男爵は使いたくない神器を無理矢理使わせて戦場に立たせるような人ではない。
 この世界に来て初めて接した貴族がこの国の貴族では貴族という人種に対して偏見が凝り固まってしまっても仕方ない。
 神狼ゲームを使わないという少年の選択には俺も同意だ。
 あれは神の悪意が詰め込まれたような神器だから。

「ああ、神狼ゲームはもう使わないほうがいい。お世話になる貴族も無理強いするような人じゃないから安心するといい」

「信頼しているんですね」

「まあ、この世界に来てからずっとお世話になった人だからね。それに、一緒に酒を飲んでみれば人の良し悪しは大体分かるものだよ」

「大人はそんな感じなんですね。おじさんが信頼できるって思った人なら、僕も信じられる気がします」

「今男爵領には君のほかにも何人か勇者がいる。男爵以外にも困ったら助けてくれる人はたくさんいるよ。そこで寝ているグラサンも一応男爵領に連れて行くつもりだしね。彼のことは君のほうがよく知っているかもしれないけどね」

「グラサンさんですか。面白い人ですよね」

 悠馬君から見てもグラサンはそういう評価の人物らしい。
 ていうか悠馬君にもグラサンって呼ばれてるんだ。

「あの人、名倉三郎さんって人なんです。だからあだ名がグラサンで……」

「ああ、そういう……」

 リアルにグラサンがあだ名の人だったか。
 俺はすやすやと暢気な寝息を立てて眠っているグラサンを肩に担ぐ。

「じゃあ、行こうか」

「はい、お世話になります」

 ここには転移魔法防止の仕掛けもない。
 一度男爵領に転移してもまた戻ってこられるだろう。
 俺はもう何度目か分からない男爵領への転移魔法を発動した。




「ここが……」

「ああ、男爵の屋敷だよ」

「なんていうか……」

「小さいだろう?」

「い、いえ、そんな……」

 男爵の屋敷はお世辞にも大きいとは言えない。
 田舎の市立図書館くらいの大きさの建物だ。
 2階建てで1階には食堂を含めた7部屋、2階には8部屋だ。
 築100年以上の古い建物で、本館には風呂がない。
 本館に風呂を造るスペースが無かったために風呂だけ別館になったほどの建物なのだ。
 王都で見たプロットの屋敷とは大違いだ。
 庭の広さはいい勝負だけどね。
 庭といっても噴水とかあるプロットの庭に比べてこちらは何もないただの広場なのだけど。
 勝負になるのは広さだけだ。
 
「朝とか、ジョギングするにはいい庭だよ」

「ジョギングですか。僕も始めようかな」

「ああ、何をするにも体力は必要だからね」

 俺は担いだグラサンを屋敷から出てきた男爵家の家令であるケルビンさんに預け、悠馬君のこともお願いしておく。

「すみません、あとはお願いします。私はまだ少しだけ王都でやることがありまして」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ。この2人のことはお任せください」

 ケルビンさんは綺麗な45度のお辞儀で俺を見送る。
 なんかこういうのいいね、貴族みたいで。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

孤児だけどガチャのおかげでなんとか生きてます

兎屋亀吉
ファンタジー
ガチャという聞いたことのないスキルが発現したせいで、孤児院の出資者である商人に売られてしまうことになったアリア。だが、移送中の事故によって橋の上から谷底へと転落してしまう。アリアは谷底の川に流されて生死の境を彷徨う中で、21世紀の日本に生きた前世の記憶を得る。ガチャって、あのガチャだよね。※この作品はカクヨムにも掲載しています。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

処理中です...