113 / 151
魔族
3
しおりを挟む
ナイフを手に取ったものの、ライラは次にどう動くべきかを迷っていた。
ライラが何もできないでいると、こちらの気持ちを見透かしているかのように少女が優しく声をかけてくる。
「……あのね、ここはお互いに何も見なかったことにするのが良いと思うなあ」
少女はやれやれと首を横に振り、敵意はないのだと主張するように両手を大きく開いた。
これだけ大胆に隙を見せられてしまうと、かえって攻撃ができない。少女はそういうことを見抜いているのだろう。
「僕らを黙って行かせてくれれば、この二人はこのまま返すから。……ねえ?」
少女は無邪気な笑顔でそう言いながら、アヤを守るように抱きしめているエリクを足蹴にする。
「――ってめえ!」
エリクのうめき声が聞こえて、イルシアが激昂する。彼が再び少女に襲い掛かろうとするので、ライラは慌てて肩を掴んで止めた。
「気持ちはわかるわ! だけど今は我慢しましょう」
「はあ? どうして邪魔すんだよ‼」
「誰も傷付かずにこの場を収めるには、相手の言うことを聞くのが一番よ。わかるでしょう?」
「ふざけんなよ。こいつらをここで野放しにしたら他の誰かが傷つくだけだろうが!」
「――っ、それは……」
ライラはイルシアの言い分にすぐに反論できなかった。
ライラが言い返す言葉を探している一瞬の隙に、イルシアは肩に置かれた手を振り払って少女に向かって突っ込んでいった。
「あはははは! 僕らを放っておいてくれれば君は無事にお家へ帰れるのにねえ」
少女はイルシアの攻撃をあっさりと正面から受け止めた。槍の先を鋭い爪でつまんで余裕たっぷりに笑っている。
「この姿をしていると大抵の人間は優しくしてくれるのになあ。こんな子供を襲うなんて、君ってばもしかして普通じゃないね?」
「てめえにだけは言われたくねえよ! 子供のふりをしやがって気持ち悪い奴だな」
「ふふふふふ、酷いことを言うねえ。せっかく放っておいてあげようと思っていたけど、君は始末してしまったほうがいいのかなあ?」
少女の赤い瞳がイルシアを値踏みするような視線で見つめている。
少女は槍の先端をつまんだまま、イルシアの身体を上から下までじっくりと観察する。
「……イルシア、お願いだから下がって」
ライラは祈るようにイルシアに声をかける。しかし、彼は一歩も引かなかった。
「せっかく姿を現したんだ。こいつは俺がここで止める!」
イルシアがそう言うと、彼を観察し終えた少女がニヤリと笑った。
歯を見せて笑う少女の口元がきらりと光る。幼く可愛らしい容姿には似つかわしくない鋭い牙が姿を見せた。
次の瞬間、少女はイルシアの手にしている槍の柄をがっしりと掴んだ。少女の見た目からは想像もつかない物凄い力で、イルシアを槍ごと自分の方へと引き寄せる。
少女の行動が想定外だったのだろう。イルシアは咄嗟のことに反応できずに、身体のバランスを崩して前のめりになってしまった。
少女がイルシアの首に噛みつこうとしている。それに気が付いたライラは、手にしていたナイフを少女に向かって勢いよく投げつけた。
「……残念。せっかくだから帰る前にちょっとだけ味見しようと思ったのになあ」
少女は槍の柄を掴んでいた手を離すと、ライラの投げたナイフを軽々と受け止めた。
少女が槍を手放したので、イルシアは体勢を立て直すと、ようやくライラの元まで下がってきた。
「……悪い、助かった」
「いいのよ。無事ならそれで」
ライラとイルシアが言葉を交わしている様子を、少女は眉を寄せて不機嫌そうに見つめてくる。
少女はしばらく黙ってこちらを見ていたが、やがて手にしているライラのナイフに視線を落とした。
「……こんな物で僕の邪魔をするとか……。君は僕のことを馬鹿にしているのかなあ?」
少女がナイフを見つめながら低い声で囁いた。すると、周囲にただならぬ気配が漂いはじめる。
あたりに散らばっていた瘴気が少女の元に集まり、彼女はあっという間に黒い霧で包まれていく。
「あーあ、大人しく帰るつもりだったのになあ。なんだか苛々してきちゃったなあ」
少女がゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでとは打って変わって、恐ろしい形相をした少女がライラを真っ直ぐに見つめてきた。
ライラが何もできないでいると、こちらの気持ちを見透かしているかのように少女が優しく声をかけてくる。
「……あのね、ここはお互いに何も見なかったことにするのが良いと思うなあ」
少女はやれやれと首を横に振り、敵意はないのだと主張するように両手を大きく開いた。
これだけ大胆に隙を見せられてしまうと、かえって攻撃ができない。少女はそういうことを見抜いているのだろう。
「僕らを黙って行かせてくれれば、この二人はこのまま返すから。……ねえ?」
少女は無邪気な笑顔でそう言いながら、アヤを守るように抱きしめているエリクを足蹴にする。
「――ってめえ!」
エリクのうめき声が聞こえて、イルシアが激昂する。彼が再び少女に襲い掛かろうとするので、ライラは慌てて肩を掴んで止めた。
「気持ちはわかるわ! だけど今は我慢しましょう」
「はあ? どうして邪魔すんだよ‼」
「誰も傷付かずにこの場を収めるには、相手の言うことを聞くのが一番よ。わかるでしょう?」
「ふざけんなよ。こいつらをここで野放しにしたら他の誰かが傷つくだけだろうが!」
「――っ、それは……」
ライラはイルシアの言い分にすぐに反論できなかった。
ライラが言い返す言葉を探している一瞬の隙に、イルシアは肩に置かれた手を振り払って少女に向かって突っ込んでいった。
「あはははは! 僕らを放っておいてくれれば君は無事にお家へ帰れるのにねえ」
少女はイルシアの攻撃をあっさりと正面から受け止めた。槍の先を鋭い爪でつまんで余裕たっぷりに笑っている。
「この姿をしていると大抵の人間は優しくしてくれるのになあ。こんな子供を襲うなんて、君ってばもしかして普通じゃないね?」
「てめえにだけは言われたくねえよ! 子供のふりをしやがって気持ち悪い奴だな」
「ふふふふふ、酷いことを言うねえ。せっかく放っておいてあげようと思っていたけど、君は始末してしまったほうがいいのかなあ?」
少女の赤い瞳がイルシアを値踏みするような視線で見つめている。
少女は槍の先端をつまんだまま、イルシアの身体を上から下までじっくりと観察する。
「……イルシア、お願いだから下がって」
ライラは祈るようにイルシアに声をかける。しかし、彼は一歩も引かなかった。
「せっかく姿を現したんだ。こいつは俺がここで止める!」
イルシアがそう言うと、彼を観察し終えた少女がニヤリと笑った。
歯を見せて笑う少女の口元がきらりと光る。幼く可愛らしい容姿には似つかわしくない鋭い牙が姿を見せた。
次の瞬間、少女はイルシアの手にしている槍の柄をがっしりと掴んだ。少女の見た目からは想像もつかない物凄い力で、イルシアを槍ごと自分の方へと引き寄せる。
少女の行動が想定外だったのだろう。イルシアは咄嗟のことに反応できずに、身体のバランスを崩して前のめりになってしまった。
少女がイルシアの首に噛みつこうとしている。それに気が付いたライラは、手にしていたナイフを少女に向かって勢いよく投げつけた。
「……残念。せっかくだから帰る前にちょっとだけ味見しようと思ったのになあ」
少女は槍の柄を掴んでいた手を離すと、ライラの投げたナイフを軽々と受け止めた。
少女が槍を手放したので、イルシアは体勢を立て直すと、ようやくライラの元まで下がってきた。
「……悪い、助かった」
「いいのよ。無事ならそれで」
ライラとイルシアが言葉を交わしている様子を、少女は眉を寄せて不機嫌そうに見つめてくる。
少女はしばらく黙ってこちらを見ていたが、やがて手にしているライラのナイフに視線を落とした。
「……こんな物で僕の邪魔をするとか……。君は僕のことを馬鹿にしているのかなあ?」
少女がナイフを見つめながら低い声で囁いた。すると、周囲にただならぬ気配が漂いはじめる。
あたりに散らばっていた瘴気が少女の元に集まり、彼女はあっという間に黒い霧で包まれていく。
「あーあ、大人しく帰るつもりだったのになあ。なんだか苛々してきちゃったなあ」
少女がゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでとは打って変わって、恐ろしい形相をした少女がライラを真っ直ぐに見つめてきた。
16
お気に入りに追加
4,121
あなたにおすすめの小説

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる