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4.ふたりの間の不協和音
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定刻がくると蒼汰くんと智花の挨拶をもって、二次会は無事に終了した。
真野ちゃんはほかの友達を誘い、はりきって三次会に繰り出していった。
新しい出会いに協力するみたいなことを言っておきながら、結局なにもしてあげられなかった。ワインもお料理もおいしくて、つい飲食に夢中になってしまったのだ。
でも真野ちゃんなら、わたしがいなくても大丈夫だと思う。わたしなんかより、恋愛経験値が高いから。
ところで、航はどこに行ったのだろう。
会場には幹事の人と会計の人がまだ残っていたけれど、航は見あたらない。スマホに連絡を入れても応答なし。
「ねえ、航知らない?」
見送りのために出入口にいた蒼汰くんと智花に尋ねる。けれど、ふたりとも見かけていないということだった。
「おかしいな。航が美織ちゃんに黙って三次会に行くわけないよな」
「トイレじゃない? 飲みすぎてつぶれてるのかも」
「でもあいつ、そんなに飲んでたかなあ」
蒼汰くんと智花がそんな会話を交わしていた。
「わたし、ちょっとトイレを見てくる」
航が酔いつぶれることはめったにない。だけど一向に連絡が取れないことも相まって、心配でいてもたってもいられなかった。
わたしは踵《きびす》を返した。
小走りでお店のトイレに向かう──はずだった。
「航?」
途中の通路で航を見かけ、立ち止まる。
航はまだわたしの存在に気がついていない。なぜなら、ほかのことに気を取られていたからだ。
ピンクの花柄ワンピースの雫さん。通路にある休憩用のベンチに彼女を座らせ、航が彼女の肩を抱いていた。
雫さんも航の身体に寄りかかり、安心しきったように目を閉じている。
どう見ても恋人同士にしか見えない。わたしはぼう然と、そこに立ち尽くした。
意味わかんない。
無防備とか隙があるどころの話じゃない。身体を密着させ、航のほうから彼女に触れているのだから、言い訳なんて通用しないレベルだ。
これは浮気……だよね?
「ひどいよ、航」
自分でも驚くほど冷たい声だった。声に出すつもりはなかったのに、勝手に口をついて出てきてしまった。
わたしに気がついた航が目を見開く。
驚き、焦り、うしろめたさ。そのどれもがあてはまるような顔に、わたしの胸は大きくえぐられ、激しく痛んだ。
「これは違うんだ。雫が──」
とっさに航がなにか言おうとしたそのとき、雫さんがゆっくりと目を開けた。
雫さんのうつろな目がわたしをとらえると、緊張が走ったかのように顔が強張った。だけど航のほうを見て、すぐに落ち着きを取り戻した。航が「大丈夫だから」と、雫さんを安心させるように言ったからだ。
どうして雫さんにそんなにやさしい顔をするの?
わたしは絶望的な気持ちだった。航がほかの女の子にそんな顔をするのを見たことがない。
「言い訳なんて……聞きたく……ない」
声がどうしても震えてしまう。雫さんの手前、泣き叫びたいのをなんとかこらえた。
「言い訳じゃない。俺は別にやましいことはなにもしてない」
雫さんをベンチに残し、立ちあがった航がわたしのほうへ歩み寄ってくる。
「彼女のこと、呼び捨てなんだね」
「えっ……ああ、そうなんだ。蒼汰の幼なじみで、七つも下だから子どもっていうか妹みたいなもんなんだよ」
「よっぽどかわいいんだね。そうだよね、七つも下なら甘やかしたくもなるよね。多少の我儘なら許せちゃうって感じなのかな」
「美織、おまえ誤解してる。雫はそういうんじゃないんだって。あいつ、酒が弱いのに飲みすぎたらしくて──」
「ばかみたい」
これまで、なんだかんだいっても自分が航にとって唯一の特別な存在だと思っていた。わたしへ向けてくれるやさしい顔は、わたしだけの特権だと思っていた。
でもそうじゃなかったんだ。わたしの知らないところで、わたしの知らないほかの女の子に、航はそんな顔を見せていたんだね。
「美織、待てって!」
航に背中を向けて、わたしは歩き出していた。
悔しくて、涙を絶対に見られたくなかった。とくにあの子には。
航が追いかけてくるけれど、掴まれた腕を思いきり振りほどいた。
「触らないで!!」
ほかの女の子に触れた手で、わたしに触らないでほしい。
「帰るならタクシーで家まで送る。雫も送らないとならないから、途中まで雫も一緒だけど」
「……いい」
「え?」
「送らなくていい」
「美織……」
「航は雫さんを送ってあげて。あの子、具合悪いんでしょう? わたしはひとりで帰れるから」
航はお店の外のエレベーターホールまでついてきてくれたけれど、わたしがエレベーターに乗ると、それ以上は追ってこなかった。その代わり、わたしの手にタクシー代を握らせた。たぶん雫さんをあの場所に残しているからだろう。
だけどこういう場合、普通は彼女を優先するものじゃないの? わたしが拒んでも、追いかけてきてよ。そうしてくれるものだとばかり思っていたのに……。
エレベーターの扉が閉まる間際、航が「電話するから」と言っていたけれど、わたしは返事をすることもできず、航の顔も見ることができなかった。
頭のなかではわかっているつもり。お酒が弱い雫さんを介抱していたんだって。今日の主役の蒼汰くんや智花に彼女をまかせることができないから、そばにいるのは自分しかいないって、そういうことなんだって。
だけど、それでもだめなの。自分の感情を抑えることができない。
なんでこれほどまでに悲しいの?
初めてだった。ここまで不安になって怖いと思うのは。
やきもちや束縛。航から与えられてきたものは、実はとても贅沢なもので、わたしはそれに囲まれて随分とおごっていたのだと思い知らされた。
真野ちゃんはほかの友達を誘い、はりきって三次会に繰り出していった。
新しい出会いに協力するみたいなことを言っておきながら、結局なにもしてあげられなかった。ワインもお料理もおいしくて、つい飲食に夢中になってしまったのだ。
でも真野ちゃんなら、わたしがいなくても大丈夫だと思う。わたしなんかより、恋愛経験値が高いから。
ところで、航はどこに行ったのだろう。
会場には幹事の人と会計の人がまだ残っていたけれど、航は見あたらない。スマホに連絡を入れても応答なし。
「ねえ、航知らない?」
見送りのために出入口にいた蒼汰くんと智花に尋ねる。けれど、ふたりとも見かけていないということだった。
「おかしいな。航が美織ちゃんに黙って三次会に行くわけないよな」
「トイレじゃない? 飲みすぎてつぶれてるのかも」
「でもあいつ、そんなに飲んでたかなあ」
蒼汰くんと智花がそんな会話を交わしていた。
「わたし、ちょっとトイレを見てくる」
航が酔いつぶれることはめったにない。だけど一向に連絡が取れないことも相まって、心配でいてもたってもいられなかった。
わたしは踵《きびす》を返した。
小走りでお店のトイレに向かう──はずだった。
「航?」
途中の通路で航を見かけ、立ち止まる。
航はまだわたしの存在に気がついていない。なぜなら、ほかのことに気を取られていたからだ。
ピンクの花柄ワンピースの雫さん。通路にある休憩用のベンチに彼女を座らせ、航が彼女の肩を抱いていた。
雫さんも航の身体に寄りかかり、安心しきったように目を閉じている。
どう見ても恋人同士にしか見えない。わたしはぼう然と、そこに立ち尽くした。
意味わかんない。
無防備とか隙があるどころの話じゃない。身体を密着させ、航のほうから彼女に触れているのだから、言い訳なんて通用しないレベルだ。
これは浮気……だよね?
「ひどいよ、航」
自分でも驚くほど冷たい声だった。声に出すつもりはなかったのに、勝手に口をついて出てきてしまった。
わたしに気がついた航が目を見開く。
驚き、焦り、うしろめたさ。そのどれもがあてはまるような顔に、わたしの胸は大きくえぐられ、激しく痛んだ。
「これは違うんだ。雫が──」
とっさに航がなにか言おうとしたそのとき、雫さんがゆっくりと目を開けた。
雫さんのうつろな目がわたしをとらえると、緊張が走ったかのように顔が強張った。だけど航のほうを見て、すぐに落ち着きを取り戻した。航が「大丈夫だから」と、雫さんを安心させるように言ったからだ。
どうして雫さんにそんなにやさしい顔をするの?
わたしは絶望的な気持ちだった。航がほかの女の子にそんな顔をするのを見たことがない。
「言い訳なんて……聞きたく……ない」
声がどうしても震えてしまう。雫さんの手前、泣き叫びたいのをなんとかこらえた。
「言い訳じゃない。俺は別にやましいことはなにもしてない」
雫さんをベンチに残し、立ちあがった航がわたしのほうへ歩み寄ってくる。
「彼女のこと、呼び捨てなんだね」
「えっ……ああ、そうなんだ。蒼汰の幼なじみで、七つも下だから子どもっていうか妹みたいなもんなんだよ」
「よっぽどかわいいんだね。そうだよね、七つも下なら甘やかしたくもなるよね。多少の我儘なら許せちゃうって感じなのかな」
「美織、おまえ誤解してる。雫はそういうんじゃないんだって。あいつ、酒が弱いのに飲みすぎたらしくて──」
「ばかみたい」
これまで、なんだかんだいっても自分が航にとって唯一の特別な存在だと思っていた。わたしへ向けてくれるやさしい顔は、わたしだけの特権だと思っていた。
でもそうじゃなかったんだ。わたしの知らないところで、わたしの知らないほかの女の子に、航はそんな顔を見せていたんだね。
「美織、待てって!」
航に背中を向けて、わたしは歩き出していた。
悔しくて、涙を絶対に見られたくなかった。とくにあの子には。
航が追いかけてくるけれど、掴まれた腕を思いきり振りほどいた。
「触らないで!!」
ほかの女の子に触れた手で、わたしに触らないでほしい。
「帰るならタクシーで家まで送る。雫も送らないとならないから、途中まで雫も一緒だけど」
「……いい」
「え?」
「送らなくていい」
「美織……」
「航は雫さんを送ってあげて。あの子、具合悪いんでしょう? わたしはひとりで帰れるから」
航はお店の外のエレベーターホールまでついてきてくれたけれど、わたしがエレベーターに乗ると、それ以上は追ってこなかった。その代わり、わたしの手にタクシー代を握らせた。たぶん雫さんをあの場所に残しているからだろう。
だけどこういう場合、普通は彼女を優先するものじゃないの? わたしが拒んでも、追いかけてきてよ。そうしてくれるものだとばかり思っていたのに……。
エレベーターの扉が閉まる間際、航が「電話するから」と言っていたけれど、わたしは返事をすることもできず、航の顔も見ることができなかった。
頭のなかではわかっているつもり。お酒が弱い雫さんを介抱していたんだって。今日の主役の蒼汰くんや智花に彼女をまかせることができないから、そばにいるのは自分しかいないって、そういうことなんだって。
だけど、それでもだめなの。自分の感情を抑えることができない。
なんでこれほどまでに悲しいの?
初めてだった。ここまで不安になって怖いと思うのは。
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