束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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4.ふたりの間の不協和音

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 デキャンタと智花の分のグラスを持ってテーブルに戻ると、待ってましたとばかりに真野ちゃんがデキャンタを受け取り、三人分をグラスにそそいだ。

「えー、改めまして。智花、結婚おめでとう!」

 真野ちゃんが乾杯の音頭を取ると、智花がグラスを掲げながら、「ありがとう」と照れくさそうに笑みをこぼした。

「いい式だったね。智花のご両親も今頃ほっとしているんだろうね」
「うん、うちの親も親戚もみんな喜んでくれてた。美織、今日はスピーチありがとう。すごくうれしかった」
「いやいや、あれは……」

 そこはあまり思い出したくない部分だ。それなのに真野ちゃんが遠慮なく声をあげて笑う。

「ちょっとぉ、そこは気を使ってスルーしてよ、真野ちゃん」
「ごめんごめん。でもおかしくて笑ったんじゃないよ。まだ気にしてるんだと思って」
「だって……」

 強烈に恥ずかしい思いをしたんだから仕方ないじゃない。

「智花に美織の想いがちゃんと伝わったんだから、それでいいと思うけどな。今のところ予定はないけど、わたしの結婚式のときもぜひともスピーチをお願いね」
「……わかった」

 真野ちゃんの言うこともわかるので、そういうことにしておく。真野ちゃんの結婚式のときはもっとスマートにスピーチしてやるんだから。わたしは心のなかで誓いを立てて、ワインをあおった。

「ところで、さっき智花たちの席で、航の隣にいた女の子って誰?」

 ずっと智花に聞こうと思っていた。気にしないようにしていたけれど、航にぴったりと貼りついていた姿が頭から離れてくれない。

「もしかして雫《しずく》ちゃんのことかな? ピンクのワンピの子でしょう?」
「そうそう。あの子、智花の知り合いなんだ」
「知り合いは知り合いだけど、蒼汰の幼なじみなの。披露宴に呼べなかったけど二次会には来てもらおうってことになって、招待したの」
「蒼汰くんの幼なじみなのに、なんで航のことを知ってるの?」
「蒼汰が紹介したみたい。もしかして心配なの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」

 なんていうのは嘘。かわいいし、航に気がある感じだった。なにより、あれだけ密着されているのに航が嫌がっているふうではなかったのが気に入らない。

「日比谷さんが大学生のときに出会ったから……。当時、雫ちゃんは中学生だよ。妹みたいな感じなんじゃないの」
「中学生!? じゃあ今はいくつぐらい?」
「先月短大を卒業して、四月から社会人になったって言ってたから二十歳ぐらいだね」
「どうりで若く見えたわけだ」
「アパレル会社に勤めてるらしいよ。今日着てるワンピもそこのブランドみたい。うちらの年齢だと、あのピンクは無理だよね」

 航の好きそうなワンピースだった。航はああいう女の子らしいファッションが好みで、一緒に買い物に行くと、あんな感じの華やかな服をやたらすすめてくるのだ。
 わたしはどちらかというと、大人っぽいフェミニンなファッションが多い。色は白、黒、ベージュ、ブルー系といった落ち着いた色が好きなので、あんなかわいいらしい色の服はまず着ない。

「もう美織ったら、ますます暗くなっちゃって。大丈夫だって。日比谷さんは美織一筋なんだから」
「そういうことじゃなくて……」

 どうにも言いにくい。自分よりも四つも年下の女の子に対抗意識を抱くなんて格好悪い。

「雫ちゃんはすごくいい子だよ。たしかに日比谷さんに気があるのかなって感じだけど、だいぶ前から彼女がいるのも知ってるから」
「そうなんだ」

 なら気にする必要はないのかな。
 それにわたしは婚約者。航ともうすぐ結婚するんだ。
 真野ちゃんも「なんだあ」と言ってケラケラと笑っていて、ようやく気が楽になった。
 すると急に改まったように、「美織」と智花がグラスを置く。なんだろうと思ってちょっとだけかまえると、智花がふんわりとやさしい顔になった。

「日比谷さんには言ったんだけど、美織もありがとね」
「なに? どうしたの?」

 いつもと違う雰囲気に戸惑う。

「挙式と披露宴の会場のことだよ。すんなり予約が取れたし、費用も抑えられた。あとこんな素敵なワインバーも紹介してくれて、幹事の人も喜んでたよ」
「なんだ、そのことか。それならわたしはなにもしてないよ。全部、航が話を通してくれたから」
「美織が日比谷さんに頼んでくれたおかげでもあるよ。どこの式場も希望の日程で予約が取れなくて困ってたから、ほんと助かった」

 仕事が忙しい蒼汰くんの代わりに智花がほぼひとりで結婚式場さがしをしていた。しかも智花のおばあちゃんがご病気らしく、できるだけ早い日取りを希望していた。だけど式場の予約がどうしても取れず、泣きそうな声でわたしに助けを求めてきたのだ。そこでわたしが深見グループのホテルを予約できないかと、だめもとで航にお願いしたという経緯がある。

「あれはタイミングよくキャンセルがでただけだよ」
「でもあのホテルってすごい人気だから、わたしたちの前にキャンセル待ちしてるカップルがいたと思うよ。だから日比谷さんが裏で手をまわしたんじゃないかって、蒼汰も言ってたもん」
「いくら航でもそこまでの権限はないよ。本当にキャンセル待ちがほかにいなかったの」

 直前まで数組のキャンセル待ちをしていたカップルがいたらしいが、ほかの式場の予約が取れたらしく、そこへ航が滑り込むように連絡を入れ、仮予約を入れることができたのだ。

「美織たちもあのホテルで式を挙げるの?」

 真野ちゃんが興味津々で聞いてきた。

「うーん、どうなんだろう。航のご両親と決めることになると思うけど、やっぱりそうなるのかな」
「美織の場合、ドレス選びもお姑さんの許可が必要だったりして」

 真野ちゃんは冗談っぽく言うけれど、許可どころか、ドレス選びについてきちゃいそうだなと思った。
 航のお母様は明るくてやさしい人なのだけれど、遠慮がないというか、多少強引なところがある。深見一族の血を引いているせいか、人前に出るのが得意だし、話し上手で、結婚式の準備はわたしよりも張りきっちゃうような気がする。

「でも一緒に選んでもらえたらうれしいかも。自分で決められる自信がないから」

 こうしていつの間にか話の話題がわたしの結婚のことに移っていって、気づけばワインの入ったデキャンタも空になっていた。
 智花はそうでもないけれど、わたしと真野ちゃんはお酒が強くて、ふたりとも顔色はほとんど変わらない。とくにわたしは、「顔に似合わずお酒強いね」というセリフを幾度となく言われてきた。
 航が「飲みすぎるなよ」とあきれ顔で言ったのは、放っておくとお酒の量がどんどん増えるわたしに苦言を呈したのだと思う。
 やっぱり、ちょっとのお酒で顔を真っ赤にして、ふらついてしまうような女の子のほうがかわいげがあるよね。航もそう思っているのかも。本音としてはそういう子のほうが好みなのかもしれない。
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