死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません

我利我利亡者

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63.運命の時

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「イーライ。今からお前を死刑に処する事にするが、死に際に下手に渋って抵抗されて見苦しいものを見るのも、苦痛のあまり暴れられるのもこちらとしては望んでいない。お前のせいでこちらが何らかの被害を被るなんてごめんだからな! だから、念のための対策として、抵抗する力を削ぐ為に魔力封じの魔道具をつける。魔道具を付ける際に抵抗でもしてみろ、無駄に苦しむ事になるのはお前の方だからな!」

 そう言ってのけた王太子がキザったらしい動作で大きく音を立てて指を鳴らすと、どこからか現れた侍従達が次々に俺の体に魔道具を取り付けていく。その手つきは酷く乱暴で、魔道具を取り付けられてんだか小突かれてんだか分からない有様だ。やれやれ、そんな事してもそっちの手元がブレて作業がもたつくだけだろうに。ぶっ叩かれる俺を見て視覚的効果で自分が楽しむ為にやっているのならいざ知らず、魔物に生身で立ち向かう俺が小突かれたくらいで心身にダメージを負うと本気で信じてやっているのなら、頭の出来を疑われるぞ。

 でもまあ、今際の際に絶命の苦しみでウッカリ聖魔力が溢れ聖魔法が暴走する……。そのせいで周囲一帯更地状態。なんて事になってしまうのは、俺も本意ではない。こんなちゃちな魔道具で俺の膨大な魔力を全て完璧に抑え切れる訳もないが、それでもないよりマシだろう。俺は粛々と首輪やら手錠やら足枷やらを付けられていくのを受け入れる。暫くすれば、身体中に魔道具を付けられ魔力的にと言うより身体的に制限がかけられた状態の俺の完成だ。

「さて、これで準備は整った。これでようやくお前というこの上なく煩わしい存在を、永遠に消し去る準備ができた。王太子であるこの私を襲ったんだ。本当なら極限まで呵責を加えてから殺してやりたいが、時間もないしこれまで立てたちんけながらも功績の積み重ねを鑑みて、一思いに死なせてやろう。代々我が王家に伝わる、滅殺刑でな!」
「滅殺刑、ですか?」
「聞いた事がないようだな? それも当然だろう。滅殺刑は我が王家に伝わる秘術中の秘術。複数人で練り上げた強力な魔法をぶつけ、対象を文字通りこの世から完全に滅殺する高度な魔法なのだから!」

 やけに仰々しい名前の割に聞いた事のない刑罰だなと思ったら、それも当然だった。要は王家に都合の悪い人間に多大な魔力を食らわせ秘密裏に滅する特例に、そんな餓鬼臭いハッキリ言ってセンスのない名前をつけて悦に浸っているだけらしいのだから。そんな表に出せないくらいの横暴に名前をつけて体裁を整え、内輪の間のみでカッコつけてるのだ。外野の俺が知る訳もない。身も蓋もない言い方をしてしまえば、男児が拾った棒を振り回しつつオリジナルの技名を叫んで友達とはしゃいでるのと同じ理屈である。死が目前に迫り緊張感があるべき切羽詰まった状況なのに、聞いてるだけでズッコケて肩の力が抜けてしまいそうになるな。まあ、俺は自分がちゃんと死ねさえすればそれでいい。ちゃんと結果さえ伴っていれば、そこに至るまでの過程なんてどれだけ変だろうがおかしかろうが、許容の範囲内だ。

 したり顔の周囲に引っ立てられるのに従い、俺は部屋の中央へと歩み出す。そこにはこれから行う魔法の効果を高める為らしき、複雑な魔法陣が大きく書き出されていた。俺は丁度その中央に立たされて、ここを動くなと言い含められる。どうやらここで俺に、その滅殺刑とやらを施すらしい。

 メインの魔法陣の周囲を取り囲むようにして、術者と思しき人間達が人垣の中から進み出て立ち位置を確かめていく。補助でもするのか、野次馬らしき残りの人間達も次々にどこからか取りだした術具を手にとっていった。どうやらこの部屋にいる人間全員の魔力を練り合わせて俺を消す魔法を発動させるつもりのようだ。

 ふむ……。かなり大掛かりな魔法だな。きっと成功すれば、流石の俺も後には骨一欠片、髪の毛一筋残らないだろう。まあ俺は魔力が強いから、それ即ち生来携わった防御力も高い。万が一を考え、少しも生存の可能性も残さぬように念には念をという事なのだろう。大仕事だとは思うが、下手に慢心されて手を抜いたら生き残っちゃいました……なんてのよりはいいか。

 俺を助けようとして捕らえられてしまった人達は今頃どうしているだろうか。貴族で温室育ちが多いだろうし、獄中の劣悪な環境で体調を崩したりなんかしていないといいのだけれど。でもまあ、俺が死にさえすれば開放される契約だから、後少しの辛抱だ。それまでどうか、耐えて欲しい。

 どうせこんな事は今回切りで、俺という弱みがなくなればきっと彼らがしてやられる事はもうないだろう。ヨシュアの身内ならそこら辺はやり手だろうし、その方面ではもう心配はないと思う。なにかまた王太子との間に揉め事があろうとも、ヨシュアを筆頭に優秀な人達ばかりだから、これから先遅れを取る事は絶対になさそうだ。文をつけられたって、今度はきっと、返り討ちにできる筈。本当に、助かる気のない俺なんかの為に無駄な苦労をさせてしまって、俺はどこまでも皆に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

「さあ……始めるぞ」

 愉悦を全面に滲ませた王太子か刑の執行開始を告げる。部屋のそこかしこで参加者達が呪文を唱え、それぞれ魔力を出力し練り上げ始めた。魔力の濃度が高まり空気がバチバチと弾け、薄暗い室内がボウッと明るく照らされる。

 俺に向けられる攻撃的でトゲトゲしい魔力の存在感が増すのに伴い、途方もない殺意と敵意が部屋の中に満ちていった。俺はそれ等をなんの感慨もなくただ眺め、感じている。戦場でいつも手の届く場所にあった死が、今度こそ逃れようのない所まで迫ろうとしていた。終わりの時を前にしても、走馬灯は巡らない。代わりと言ってはなんだが、なんとはなしにこれまでの事を自主的に想起した。

 苦しみに満ちていた前半生。俺にはどうしようもない周囲から押し付けられる様々な事情を前に、挫折と諦念ばかりが支配していた。そしてそれに続く1度目の後半生。誰の理解も得られず、優しさもなく、俺はどこまでも孤独だった。何も得られないままただただ奪われ続け、それで最後には追い詰められて死ぬところまで至ったんだっけ。世に溢れるお涙頂戴物語の登場人物達もドン引きの悲惨さだな。

 しかし、2度目の後半生。そこからは全てが様変わりした。俺の勝手で酷い事情に巻き込んだだけだったのに、ヨシュアはこんな俺にどこまでも親切にしてくれ、沢山助けられたしどれ程その献身に心が軽くなった事か。その真心に触れる内に、いつしか俺はヨシュアの事を好ましく思うようになっていた始末。我ながら凄くチョロい。

 でも、ヨシュアの事を好きになれて、良かったと思う。確かにこの思いが報われる事はないが、それでも俺は好いた相手と少なくない優しい時間を過ごす事ができたのだから。欠けた人間なりに、その気持ちに気がつけてよかった。

 有難う、ヨシュア。俺は今こんなにも満たされていて、幸せだ。お前がくれた全てが、俺の中で暖かく息づいている。それを味わえただけでも、この2度目の人生は意味があったよ。2度目の人生、ほんの少しだけだったかもしれないけれど、お前と生きられてよかった。

 女神様、もうやり直しの機会は与えて下さらなくていいですよ。こうして2度目に与えられ過ごした時間は、かけがえなく替えのきかないものだったから。俺はもう満足してる。元々生に執着はないし、これ以上は手に入ったものを自分の不出来のせいで壊してしまわないか怖くなるだけた。1度目の人生の終わりのように、偉業を果たしてめでたしめでたしの後に不幸な続きを迎えるくらいなら、こうして幸せなまま終わらせよう。死出の餞には十分だ。

 充足感に浸っていると、周囲の唱える呪文が佳境に入ってきた。辺りを満たす魔力が高まり張り詰めた空気の緊張感はこれまでにない程に高まっている。……いよいよその時が来たらしい。ボンヤリとしながら王太子の方を向けば、悲願の達成を目前にして高揚した様子の表情が目に飛び込む。どこまでも冷めきっている俺とは違い、向こうは今、気分が最高潮なようだ。最後に見る景色がそんなものではあれなので、少し迷ってから目を閉じる。思い浮かべ眼裏に写すのは、いつか見たヨシュアの笑顔だ。優しさが溢れる程に込められた眼差しを一心にこちらに注ぐその姿を思い出していると、姿だけでなく今にも彼の声まで聞こえてきそうで……。

「イーライ!」
「……は?」
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