死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません

我利我利亡者

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62.満ちる殺意

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「さあ、準備は整った! これでお前も満足だろう! 往生際悪くあれこれゴネて我儘ばかり言っていたが、いい加減そろそろ死ぬ気になったんじゃないか?」
「ええ、それは勿論。お陰様で心残りもなくなりましたし、これでスッキリとした気分で満足しながら死ねます」
「フンッ! 最後まで減らず口を叩きおって。お前のそういう可愛げのない所が、私は昔から大嫌いだったんだ。全く、麗しく心根も優しい女神のようなユディトとは大違いだな!」
「まぁ、俺程度のくだらない人間が、あの方に勝てる訳もありませんからねぇ……」
「そうだろう、そうだろう! 血生臭く遠慮というものを知らないお前と違って、ユディトは花のように愛らしい慎み深い完璧な令嬢だ。彼女はきっといい国母になるし、私もきっと、そんな彼女に相応しい立派な君主になる! 2人の間に産まれてくる子供は、まるで天使のような素晴らしい子供に違いない。もっとも、お前はその子を見る事は叶わないがな。もし次生まれ変わってくる事があったら、必ずユディトの素晴らしさを見習い、私たち家族の幸福と繁栄を拝める立場だといいな! まあ、お前のような下衆はきっと地獄行きだ。天に御座す慈悲深い女神様であっても、そう簡単には生まれ変わらせてくれはしないだろうがな! 二度目の人生など、お前ごとき下衆には贅沢過ぎる!」

 俺の適当な相槌と自分に有利な状況に気分が乗ったのだろうか。王太子は高笑いと共に上機嫌でそんな意地の悪い事を言ってくる。俺はそれに苦笑いを隠した空笑いで曖昧に応えるのみだ。慈悲深い女神様の思し召しかどうかは分からないが、王太子もまさか目の前に居る俺が、その二度目の人生とやらを今正に体験しているとは思うまい。生まれ直した訳ではなく人生の途中からのやり直しだったが、やはり王太子が言うように女神様が俺にやり直させてくれたのだろうか? 

 でも、何の為に? ……やっぱり分からない。人生をやり直し初めてからそこそこ時間が経ったが、未だにどうしてやり直しているのか、なぜやり直しているのかは全て謎のままだ。まあいい、大事なのはそこじゃない。重要なのはやり直す事ではなく、だ。

 原因が不明であろうとも人生をやり直すなんて奇跡、そう何度もあるとは思えない。きっとこれが最初で最後だ。ここで死にさえすれば、繰り返した苦しみもようやく終わる。……いや、それは少し違うか。

 確かに1度目の人生は苦しい事が多くて大変だったが、2度目の人生はなかなか平和でこれまでの人生の中で1番ノンビリ過ごせたと思う。他でもない、ヨシュアのお陰で。本当に彼にはどれだけ礼を言っても言い尽くせないな。きちんと恩返しができないままなのが唯一心残りだったが、どうか広い心で許して欲しい。俺はどうしても死にたいから、ここで変にヨシュアに例を言いたいと欲を出して、確実に死ねる未来を手放したくなかった。

 何より最後と思ってヨシュアの顔を見て、己の死に向ける覚悟が鈍るのが怖かった。そんな顔を見た程度で揺らぐ生半可な気持ちでいるつもりではないが、万が一という事がある。迷惑をかけ通しだった大切な相手に謝罪をして心残りをなくす筈が、反対に増やしてしまうなんて笑い話にもならない。大丈夫、優しい彼ならきっと、俺の不義理を許してくれる。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。頭の中で唱えるように自分に言い聞かせ続けた。

 王太子に渡された諸々の書類に、惰性で次々と言われる通りにサインをしたり、短い宣誓の文章を書いたりしていく。さして時間もかからず、要求された書類は全てでき上がった。鉄格子の隙間からそれを差し出せば、王太子に乱暴な手つきで取り上げられる。

 王太子は確認の為1枚1枚にジックリ目を通し、全て見終わった所、満足のいくが得られたのだろう。目を通し終えた書類の束を傍に控えていた従者に対して乱雑に手渡し、同時に俺の入れられている牢獄の鍵を開けるよう居丈高に命じた。後になって言い訳に使う書類さえ整ってしまえば、もう無駄に俺を生かしておく理由もない。サッサと死刑にして処分してしまうつもりなのだろう。こちらとしても、その方が話が早くて助かる。

 ここまで来て多少の心残りはあっても、やり残しは1つもない。自分の人生には概ね満足していて、これ以上望む事は一切なかった。最後にヨシュアに一目でも会えないのは残念だが……でもそれだけだ。自分の願いを諦めるのは昔から慣れていて、その事で今更感傷に浸る程可愛らしい精神性も、俺は持ち合わせていなかった。

 王太子の連れていた衛兵に両隣を挟まれ警戒されながら、ここまで来て反抗する気は一切ないので、大人しく連れられるがままに暗い道筋をひたすら歩き続ける。やがて俺達は、俺が来た事も聞いた事もないような、どこか奥まった場所にあるらしいそれなりに広いが薄暗くジメッとした王城のどこかに古くからあったらしい石造りの部屋へと辿り着いた。

 その部屋にはすし詰め、と言うにはいささか足りないが、かと言ってスペースに余裕があるかと聞かれたら、否としか言えない程度の人数が詰め込まれている。その人々は先頭を切って入室した王太子の姿を見ると、我先にと頭を下げて恭順の意を示した。その態度に満足気な王太子の楽にしろ、という言葉に頭を上げた彼等のその顔。どことなく見覚えがある。

 俺は基本他人に対して全く興味を持っていないので、他人を個体別に認識し覚えるというのが兎に角苦手だ。興味を持てない対象を覚えるなんて器用な真似、少なくとも俺には不可能なのである。恐らくそういった能力がない訳ではないと思うのだが、そこに労力を割く気がなさ過ぎて情報を知覚しても脳みそが情報を確りと判別してくれないのである。

 そんな俺ですら顔に覚えのある相手。それは、いつも王太子という立場に阿っていて、ジェレマイアの意を汲み昔から俺にキツく当たってばかりだった、王太子の取り巻き共だった。どうやら彼等が、これからここで起こる全ての見届け人となるらしい。俺に対する敵意でこちらに向けられる彼等の瞳はギラつき、部屋の空気は憎しみではち切れそうだった。

 俺の全身にグサグサと、冷え切った視線が突き刺さる。部屋中から感じる悪意と殺意。その重苦しさだけで、息をするのも苦労する程である。魔物とも渡り合う事ができる程の実力を持ち、普段から死を恐れていない俺ですら、苦痛に感じる空気。この空間では、1人も残す事なく誰しもが、俺の死を強く強く望んでいた。
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