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39.ユディトへの追求

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「……良かった……本当に、良かった……」
「悪い、心配かけたな。というか、さっきの話を蒸し返すんだが、ヨシュアはどうしてここに? いくら何でも予定の半分の日数で帰ってくるなんて、早過ぎるじゃないか。討伐に行った先で、何か問題でもあったのか?」
「それなら心配しなくていい。単純に予定を繰り上げただけだから」
「繰り上げたって……」
「悪いが、その話は後にしよう。事情は後で必ずちゃんと説明するからさ。それより今は、もっと優先して話さなくてはならない事がある」

 予定を繰り上げたと言ったが、ヨシュアの事だからその為にまた何か無茶をしたんじゃないかと不安になる。しかし、真剣な顔で後で必ず説明すると言われれば、信じない訳にはいかない。なんだかんだ、ヨシュアは俺に嘘をつかないからな。ちゃんと後々説明してくれる気はあるに違いない。こいつは信じるに値する男だ。

 それに、ヨシュアが俺と話すよりも優先させたい事があるなんて、余っ程である。これまでずっと、一事が万事何でもかんでも俺優先だったんだ。こういう時くらい俺が譲ってやらなくちゃ。きっと大事な事なんだろうし、それならそっちを早くやらせてやった方がいいに決まってる。

 ……なんか今の発言、思い返すと変に自惚れてるみたいでなんか嫌だな。あまり考えないでおこう。俺がこっそりプルプルと小さく頭を横に振っていると、ヨシュアは抱擁を解きクルリと振り返って未だ呆然としたままのユディトに向き合った。ヨシュアのその背中に、ユラリと怒りの炎が立ち上ったのが見えた気が……。

「さて、ユディト嬢。イーライは無事呪いから生還した訳だが、だからと言ってあなたの罪を見過ごす訳にはいかない。どうしてイーライを呪おうとしたのか、納得のいく説明をしていただこうか? まあ、理由なんて大体察しは着いているがね」
「はっ、はぁ!? 何を言っているのか分からないわ! 私はイーライ様を呪おうとなんてしてませんもの!」
「馬鹿も休み休み言え! 先程あなたが強力な呪物に向かって、イーライの背中を思いっ切り突き飛ばすところを、私はこの目でしっかり見たんだぞ!? それでもシラを切るつもりか!?」
「まあ! 何を血迷ったのか知りませんが、公爵令嬢である私にそんな言いがかりをつけるなんて、あなた何を考えていらっしゃるの? 信じられないわ! 私がどうしてイーライ様を呪物に向かって突き飛ばさなきゃいけないのよ! 若し本当に私がイーライ様を突き飛ばして故意に転ばせたというのなら、その事が客観的に分かる証拠を提示してくださる? でないと話にならないわ! 安易な気持ちで言いがかりをつけて、私を貶めようったってそうはいきませんわよ!?」

 フフンと得意げに顎を持ち上げたユディトに、ヨシュアはギリッと歯噛みをする。今の頭に血が上った状態でも、彼は生来の賢さから客観的に見た証拠がない事や、状況がこちらに不利な事は十分に分かっているらしい。一応言い分に正当性があるのはユディトの方だというのは、確かではあるしな。悔しげに眉を顰めるヨシュアを、ユディトはとても得意げに嘲る表情で見下している。

「あらあら、ヨシュア様。根拠はあなた自身の不確かな目撃証言しかないの? でも駄目よねぇ、そのという証言は、あなたの主観に依拠しているもの。イーライ様に誰かに突き飛ばされたかお聞きになってみる? 残念、どんな答えだろうと先程と同じような理由でそれも客観的証拠とはならないわ。第一あなた達ののは周知の事実。口裏を合わせて庇いあっているだけと思われるのが関の山よ。まったく、不確かな根拠で私に不名誉な言いがかりをつけようなんて、失礼しちゃうわ。この事はダンコーナ公爵家からベンデマン公爵家に対して、正式に、強く抗議させていただきますからね? いくら魔法使いとして数々の功績を立てたあなたでも、無実の公爵令嬢に人殺しの罪を被せようとするなんて今回は無事ではいられないわよ?」

 勝利を確信しオホホホ、と扇で口元を隠しながら高らかに笑い声を上げるユディト。うーむ、これはちょっと宜しくない流れだな。イレギュラーで俺を殺す事は失敗しても、ユディトはただでは転ばないつもりなようだ。

 明確な証拠がないのと、俺の危機に頭が怒りで沸騰したヨシュアが噛み付いてきたのをいい事に、絡め手でヨシュアを巻き添えに失脚させるつもりらしい。ヨシュアの功績や人望を思えばこれ1つで今直ぐどうにかなるという事はないだろうが、それでも家格が同格の家の貴族令嬢に根拠もなく人殺しの汚名を被せようとしたとなったら、無傷では済まないのは確実だ。

 流石にこれはいただけない。1度はヨシュアの気持ちを無視して思うがまま死に向かって行こうと決意した俺だったが、これは駄目だ。俺のせいでヨシュアに迷惑がかかるのは、やはりどうにも承服し難いものがある。ヨシュアは完全に俺に巻き込まれただけの、本来なら無関係な第三者なんだ。そんな彼に、これ以上俺の都合で不利益を蒙らせていい筈があっていいわけない。

 さりとてここで俺がヨシュアを庇っても、仲間同士で結託して罪を逃れようとしていると思われるだけだ。何か、何か第三者が見てハッキリと分かる証拠さえあれば。でも、いくら怒って興奮しているとは言え、俺より遥かに頭のいいヨシュアが追い詰められているのに、俺にできる事はあるのだろうか。頭よりも体を動かす方が得意な俺だし、こういうのは本当に苦手だ。

 いや、諦めては駄目だ。何か、起死回生の一手を打たなくては。死に物狂いで探せ。ヨシュアが気がついていない、あるかも分からない証拠だろうと。……ん?

 必死になってグルグルと考える内に自然と音した視線の先に、俺はあるものを見つける。これは、何で……。ああ、そうか。ヨシュアは思いつかなかったんじゃなくて、んだ。俺は慌てて俯けていたた顔を上げる。視線の先では、ユディトが今正に勝利宣言を始めているところだった。

「まったく、これだから貴族派に属する貴族は嫌なのよ。高貴な血筋の癖に下民なんかに阿って、誇りも何も感じられない。そんな事だからきっと、まともな根拠も証拠もないのに、人を罪人にしたてあげようなんて卑しい事を考えつくんだわ。ああ、そんな低俗な人と同じ家格だなんて、嫌になってしまう! でも、それも今日までね。公爵令嬢である貶めた罪は重いわよ。名誉を失う他に家を支える事業や領地をいくつか、慰謝料として没収されるのを覚悟なさる事ね! そうなったらきっと、ベンデマン公爵家は大変な迷惑を運んできたヨシュア様を家に起き続けたりはできないわ。家門に属する他の成員の手前、公爵家を追放されるかもしれませんわね?」

 やれやれ、ユディトはもう自分の勝利が絶対に揺らがないと確信しているらしい。とても上機嫌で酒に酔ったかのように恍惚とした表情を浮かべてふんぞり返っている。俺はそんな彼女を一旦は無視してチラリと横を見る。そこには厳しい表情をしたヨシュアが居た。

 俺の視線に気がついて彼がこちらを向く。君に迷惑をかけて済まない。自分の方が危機なのにも関わらず、ヨシュアはそんな思いを目顔で訴えてきているように感じた。本当に、この人は……。どうしてそこまで自分を蔑ろにしてまでも、とことん俺に尽くすのか。当事者である俺にすら、サッパリ分からない。いつか理由を聞ける時は来るのだろうか? まあ、そんな来るかどうかも分からない可能性よりも、今は目の前の問題をどうにかしないと。俺は再度ユディトの方を向き、口を開いた。

「あのー……ご高説賜っているところ大変恐縮なのですが、少々よろしいでしょうか?」
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