伝えたい、伝えられない。

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46.写真(後編)

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 またいつかのように、不穏な空気が流れ始めているのを感じた。ケンカになるのかもしれない、と思ったのだ。
 茜が尋ねて来た日、真緒と別れ話になったことを思い出す。別れ話、と言っても創平が一方的に喧嘩腰になったのだが。あの頃は身体の関係もなかったし、茜が創平の性癖まがいのことを暴露して、不安になっている彼女の気持ちにも気づいてやれなかった。
「真緒……?」
『……消してくれたならいいです』
「……うん」
 真緒は俯いたまま、手だけを動かした。
「消した。ちゃんと確認しとけばよかったな。ごめん」
『別に……いいですけど……』
 彼女の顔を下から覗き込むと、顔を背けた。
(怒ってんのか?)
 仕方ないか、と創平はこっそり嘆息する。
(明らかにセックスの後だもんな)
「まーお、こっち向いて」
 彼女は素直だった。
 視線は下の方だが、顔は創平の方に向けた。
「怒った?」
 だが彼女は首を横に振る。少し頬が膨れていた。
「俺を見て」
 おずおずと視線を合わせてくれた。
「言いたいことは言えって。俺に非があることだろ? だったら真緒の言い分があんだろ? 腹が立つなら俺にぶつけろ。な?」
『……うん』
「じゃあ、言って」
 真緒の頬に手を添え、指で撫でた。
 言おうか言うまいか、悩んだようだが真緒は両手を動かし始めた。
『ずるいな、って……』
「ずるい……ずるい? 何が?」
『あんな写真……』
「え?」
 創平は首を傾げた。
「裸で写真撮りたい? ハメ撮り? どういうこと?」
 ずるい、あんな写真、という言葉に、真緒も撮られたいのかと思ってしまった。
『ハメ撮りってなんですか?』
 反対に真緒から指文字で質問が返り、彼女の性的知識の薄さを痛感した。
「ハメ撮りは、セックスしてる所を撮影すること。お互いのハメてるから、ハメ撮り」
 解説をすると、真緒が顔を真っ赤にさせて首を横に振った。
「撮りたいんだろ?」
『撮りません!』
 湯気が出そうなほど一瞬で真っ赤になったのだ。
『松浦さんは……撮ったことがあるんですか』
「いや、ないけど」
『撮りたいですか……?』
「撮りたくない」
 その言葉に、真緒はほっとしたようだった。
「ずるいってのは? どういうことだ?」
 ハメ撮りしたいわけではないならなんだろう、と創平は真緒を見る。
『だって……』
「だって?」
『一枚しかないのに』
「一枚……一枚、何が?」
『松浦さんと一緒に写した写真、一枚しかないんですよ』
 俺と一緒の写真が一枚しかない、そんなわけないだろ、と創平は顔を顰めた。
「そうだっけ。あるだろ」
『ないです』
 真緒は自分のスマホを手にし、つつっと操作をして、創平に見せた。
 先程も創平のカメラロールで見た、遊園地でクマのキャラクターと一緒に写ったものだ。真緒はすぐに表示できるようにしている様子だった。
『これしか、ないです』
「そうだっけな……」
『そうです』
 一枚もないわけないだろう、と思い振り返ってみる。お互いの写真を見たが、それぞれを写したものはあったが、確かに……ない気がした。
 自撮りをした記憶も無い。
 誰かに撮ってもらったことも無い。
 真緒は、創平と茜、状況はともかくとして、一緒に写っている写真が羨ましい、それがずるいと思っているのだった。
「そっか、ごめん、気づいてなかった」
 真緒を腰を抱き寄せ、頬に自分の頬を当てた。
「一緒に撮ろう、って言えばよかったのに……」
 すぐに自分の発言を反省した。
 もしかすると、真緒は一緒に撮りたい、と伝えようとしたことがあったのかもしれない。伝えようとしても、他の人のように、スムーズに言葉にできなかったのかもしれない。創平は真緒の気持ちを汲み取っているつもりで、
「写真、撮ってやるから、そこに立って」
「何、写真撮って欲しい? いいよ」
 そんなふうにいつもシャッター係を務めていた。
 そうではないことが多かったのだ。
『一緒に撮りたい』
 と伝えていたのかもしれない。
(俺は馬鹿だ……)
 真緒のことをわかっているつもりで、まだまだわかっていないことが多い。手話もまだまだ未熟だ。
 創平は真緒を抱き寄せて反省した。
「今度からはたくさん一緒に撮ろ」
『……はい』
「真緒がヤキモチ妬いてくれないと気づかねえことばっかだな、俺」
『そんなことはないです』
 頬を離して、真緒は上目遣いで創平を見上げた。
「……そんなことある」
『わたしばっかり、松浦さんを好きだから、子供みたいなこと考えちゃいますし』
「真緒ばっかりじゃない、俺も真緒が好き」
 ちゅっ、とキスをすると真緒がびくりとした。
『たぶん、わたしのほうが「好き」が大きいと思います』
「そうか? 俺も負けてないと思うけどな」
『いえ、わたしのほうが大きいです』
「んー、どっちもどっちだと思うけどな」
 真緒の言うとおり、おそらく自分が思う以上に彼女は自分に惚れ込んでいるとは思っている。同じくらい自分も彼女を好きだが……このままのテンションだと、いつか冷めたり薄くなってしまいそうで、自制している部分があるのは事実だ。真緒には申し訳ないが、彼女と違ってこれまで何人かの女性と付き合ってきて、学習したことも多い。相手から好意を持たれた時には特に、自分が入れ込まないほうがいいと察したのが現実だ。将来を考えられる相手に出会えなかったのもあるし、セックスをして楽しむくらいでいいと思っていた。
 ……真緒に対しては、自分が好意を持っての行動であったし、将来を考えたいと思った相手だからこそ、行き当たりばったりで「別れ」と口にしたこともあったが、結局は離れがたくて今に至っている。
 その一方で、そのうちにこれまでのように相手に冷めた感情を持ってしまうのではないかと、大げさになれないでいる部分もあった。
「俺を好きなら、もっと自分の伝えたいこと、伝えて」
『……はい』
「いいな?」
『……うん』
 いい子だな、と創平はまたキスをした。
『松浦さん』
 とんとん、と腕を叩かれ、真緒を見た。
「ぁぃ……すぅ……き」
 真緒が何か言った。
 両手を円を描くように広げる仕草をし、そのあとに、顎の辺りで、開いた右手の親指と人差し指をすっと閉じながら下に引いた。
 大好き、と言葉と手話で伝えてきたのだ。
 好き、という手話は最初の頃山岡に教わって、それ以降はそれなりに使ってきた。
 真緒が一番伝えたいという言葉のようだった。
 胸がきゅんとして、
「俺も、大好きだけどな。あーくそっ……可愛すぎて、独り占めしてえ! もう、さっさと結婚するか!?」
 とぶっきらぼうに言った。
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