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40.年の瀬(後編)
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コンビニの駐車場に入り、スマホを取り出してメッセージを送った。
年末年始は会う予定にはしてない。真緒の医師の兄も久しぶりに帰省するらしく、家族行事があるようだし、家族水入らずで過ごしてもらいたかった。
だが、今、無性に真緒に会いたかった。
真緒の、遠慮がちな笑顔を見たいと思った。
妹の彩花のように下品ではなく、躊躇いがちに笑う真緒の顔を思い出す。自分を好きで、だがそれを隠すように、遠慮するようにはにかんだ笑顔。創平を好きなのが伝わってくるが、どう伝えようかと戸惑う真緒。それが愛おしかった。
「……仕事始めまで会えないか」
会えないが、メッセージのやりとりは毎日あるし、不満も何もないのだが。
《会いたい》
《少しだけ会えないか》
そう送って、すぐ返事が来るわけがないのだが。
(帰るか)
車を降りてコンビニに立ち寄った。
ペットボトルの温かいミルクティーを一つ取り、レジに向かった。年中炭酸飲料を飲んでいたのに、真緒を親しくなって、付き合うようになっていろんなものを飲むようになった。特にミルクティーは真緒が好きだというので、自分も飲むようになった。
(あ……)
店員に見覚えがあった。
(真緒と連絡先交換しようとした……)
真緒に好意を持っていたらしきバイト店員だ。
そういえば、このコンビニは、真緒の家から会社への通勤途中にある店だ。彼は朝早くと週末はここでバイトをする働き者のようだ。
「袋はどうされますか」
「このままで」
創平のことはどうやら覚えていないようだ。
この店に来ないわけではないが、時間帯が違うし、会うのはあれ以来だ。覚えているはずもないだろう。
支払いをして創平は店を出た。
ブブッとスマホが震え、慌てて取り出す。
《いいですよ。今、どちらですか》
返信が来ていた。
《真緒の通勤途中のコンビニにいる》
《わかりました。今日はもう用事がないので、外出が出来ます。松浦さんのアパートに向かいましょうか》
《俺が行くよ》
キャップを開け、ミルクティーを一口二口飲むと、締めてホルダーに置いた。甘いがしつこくなくて、気に入っている。まるで真緒とのキスのようだと思った。
車を走らせ、パティスリーに寄り、手土産用に菓子の詰め合わせを買う。
真緒の家の近くまで行くと、到着を知らせると真緒が出てきた。
嬉しそうな顔でかけよって来たので、創平も思わず顔が綻んでしまう。
『何かありましたか?』
「何もないよ。ただ会いたかった……そんな理由じゃ駄目か?」
真緒は驚いた顔になり、
『駄目じゃないです、嬉しいです』
と頬を染めて微笑んでくれた。
「毎日会ってたのに、三日会わないだけですごく逢いたくなる」
『……わたしもですよ』
誰かがここにいたら──例えば山岡とか──きっと、
「バカップル」
と言われただろう。
それでもよかった。
少しドライブしてもいいか、と尋ねると彼女は頷いた。
助手席に真緒が乗り込んだあと、車を走らせた。
「今、実家に行って来た」
『え……』
そうですか、と真緒は相槌を打った。
「やっぱ無理だ」
『どういうことですか?』
「……あの母親は、理解する気がない。俺の母親ながら、恥ずかしすぎ」
『…………』
真緒は小さく首を振った。
『理解してもらおうなんて思っていません。松浦さんのお母さんなのに、失礼を承知で言いますが……そういう方やもっとひどい人、一定数いますから』
「呆れたから、真緒と別れてないよって言いそびれた」
『そうなんですか』
「もういいよ、うちの家族に報告する必要もないなって。一緒に住むって話、俺は真緒のご両親には伝える。年が明けてから、お会いした時に話そうと思う。許してくれるかどうかはわからないけど……言おうと思ってるから」
『わかりました』
「俺の実家のことはどうでもいいし」
年明けたら話進めよう、と創平は言った。
(父さんと悠平には話せばよかったな……)
まあいずれ、ということにした。
しばらく走って、公園の駐車場に停め、二人は話をすることにした。
「よく考えたら、俺が一方的に提案してるだけだな。真緒はどう? この前は頷いてくれたけど、本当に同棲の話進めていいの?」
『はい、もちろんです』
「そっか、よかった」
一人暮らしもしたことがないのに不安ですけど、と彼女は心配げな面持ちだった。
「まあ、そうだな。けどさ、いきなり結婚生活始めるより、その前に一緒に住んだら、お互いの駄目な所とか、直して欲しい所とかわかってくると思わない? 妥協できる所もあるかもしれないけど、絶対に無理な所も出てくるかもしれないだろ?」
『なるほど』
「真緒は俺を好きって言ってくれるから、気づかずに目を瞑ってくれてるところもきっとあるんじゃないかと思う」
『そんなことは……』
「一緒に住んで見えてくるところ、きっとあると思うし」
さりげなく、結婚という言葉を入れてみたが、真緒は神妙な面持ちで、その言葉は聞き流してしまっているようだった。自分が真剣であることが伝わればいい、そう思ってのことだった。
「前も言ったけど……将来的に一緒になりたいと思ってるから、そのためにも。真緒も……考えてもらえたら嬉しい」
『……はい』
車を出し、真緒の家の近くを一周してから、彼女を送り届けた。
「また年明けに」
『はい、また。……あっ』
待ってください、と真緒が言った。
「ん?」
『ちょっと』
「なに?」
真緒が小さく手招きをした。
なんだろう、と顔を寄せると、真緒が頬にキスをした。
「!?」
『それじゃ、よいお年を』
真緒は慌てて車から降りた。
「あっ、こら、真緒!」
バイバイ、というふうに手を振られ、ぽかんとした。
(なんだよ……)
「俺だってしたかったのに……」
それにしても頬にキスだなんて可愛いことしてくれたな、とキスをされた頬に手を当てる。
(くっそ、めちゃくちゃ可愛いわ)
いい気分になり、創平は自分のアパートに戻るのだった。
年末年始は会う予定にはしてない。真緒の医師の兄も久しぶりに帰省するらしく、家族行事があるようだし、家族水入らずで過ごしてもらいたかった。
だが、今、無性に真緒に会いたかった。
真緒の、遠慮がちな笑顔を見たいと思った。
妹の彩花のように下品ではなく、躊躇いがちに笑う真緒の顔を思い出す。自分を好きで、だがそれを隠すように、遠慮するようにはにかんだ笑顔。創平を好きなのが伝わってくるが、どう伝えようかと戸惑う真緒。それが愛おしかった。
「……仕事始めまで会えないか」
会えないが、メッセージのやりとりは毎日あるし、不満も何もないのだが。
《会いたい》
《少しだけ会えないか》
そう送って、すぐ返事が来るわけがないのだが。
(帰るか)
車を降りてコンビニに立ち寄った。
ペットボトルの温かいミルクティーを一つ取り、レジに向かった。年中炭酸飲料を飲んでいたのに、真緒を親しくなって、付き合うようになっていろんなものを飲むようになった。特にミルクティーは真緒が好きだというので、自分も飲むようになった。
(あ……)
店員に見覚えがあった。
(真緒と連絡先交換しようとした……)
真緒に好意を持っていたらしきバイト店員だ。
そういえば、このコンビニは、真緒の家から会社への通勤途中にある店だ。彼は朝早くと週末はここでバイトをする働き者のようだ。
「袋はどうされますか」
「このままで」
創平のことはどうやら覚えていないようだ。
この店に来ないわけではないが、時間帯が違うし、会うのはあれ以来だ。覚えているはずもないだろう。
支払いをして創平は店を出た。
ブブッとスマホが震え、慌てて取り出す。
《いいですよ。今、どちらですか》
返信が来ていた。
《真緒の通勤途中のコンビニにいる》
《わかりました。今日はもう用事がないので、外出が出来ます。松浦さんのアパートに向かいましょうか》
《俺が行くよ》
キャップを開け、ミルクティーを一口二口飲むと、締めてホルダーに置いた。甘いがしつこくなくて、気に入っている。まるで真緒とのキスのようだと思った。
車を走らせ、パティスリーに寄り、手土産用に菓子の詰め合わせを買う。
真緒の家の近くまで行くと、到着を知らせると真緒が出てきた。
嬉しそうな顔でかけよって来たので、創平も思わず顔が綻んでしまう。
『何かありましたか?』
「何もないよ。ただ会いたかった……そんな理由じゃ駄目か?」
真緒は驚いた顔になり、
『駄目じゃないです、嬉しいです』
と頬を染めて微笑んでくれた。
「毎日会ってたのに、三日会わないだけですごく逢いたくなる」
『……わたしもですよ』
誰かがここにいたら──例えば山岡とか──きっと、
「バカップル」
と言われただろう。
それでもよかった。
少しドライブしてもいいか、と尋ねると彼女は頷いた。
助手席に真緒が乗り込んだあと、車を走らせた。
「今、実家に行って来た」
『え……』
そうですか、と真緒は相槌を打った。
「やっぱ無理だ」
『どういうことですか?』
「……あの母親は、理解する気がない。俺の母親ながら、恥ずかしすぎ」
『…………』
真緒は小さく首を振った。
『理解してもらおうなんて思っていません。松浦さんのお母さんなのに、失礼を承知で言いますが……そういう方やもっとひどい人、一定数いますから』
「呆れたから、真緒と別れてないよって言いそびれた」
『そうなんですか』
「もういいよ、うちの家族に報告する必要もないなって。一緒に住むって話、俺は真緒のご両親には伝える。年が明けてから、お会いした時に話そうと思う。許してくれるかどうかはわからないけど……言おうと思ってるから」
『わかりました』
「俺の実家のことはどうでもいいし」
年明けたら話進めよう、と創平は言った。
(父さんと悠平には話せばよかったな……)
まあいずれ、ということにした。
しばらく走って、公園の駐車場に停め、二人は話をすることにした。
「よく考えたら、俺が一方的に提案してるだけだな。真緒はどう? この前は頷いてくれたけど、本当に同棲の話進めていいの?」
『はい、もちろんです』
「そっか、よかった」
一人暮らしもしたことがないのに不安ですけど、と彼女は心配げな面持ちだった。
「まあ、そうだな。けどさ、いきなり結婚生活始めるより、その前に一緒に住んだら、お互いの駄目な所とか、直して欲しい所とかわかってくると思わない? 妥協できる所もあるかもしれないけど、絶対に無理な所も出てくるかもしれないだろ?」
『なるほど』
「真緒は俺を好きって言ってくれるから、気づかずに目を瞑ってくれてるところもきっとあるんじゃないかと思う」
『そんなことは……』
「一緒に住んで見えてくるところ、きっとあると思うし」
さりげなく、結婚という言葉を入れてみたが、真緒は神妙な面持ちで、その言葉は聞き流してしまっているようだった。自分が真剣であることが伝わればいい、そう思ってのことだった。
「前も言ったけど……将来的に一緒になりたいと思ってるから、そのためにも。真緒も……考えてもらえたら嬉しい」
『……はい』
車を出し、真緒の家の近くを一周してから、彼女を送り届けた。
「また年明けに」
『はい、また。……あっ』
待ってください、と真緒が言った。
「ん?」
『ちょっと』
「なに?」
真緒が小さく手招きをした。
なんだろう、と顔を寄せると、真緒が頬にキスをした。
「!?」
『それじゃ、よいお年を』
真緒は慌てて車から降りた。
「あっ、こら、真緒!」
バイバイ、というふうに手を振られ、ぽかんとした。
(なんだよ……)
「俺だってしたかったのに……」
それにしても頬にキスだなんて可愛いことしてくれたな、とキスをされた頬に手を当てる。
(くっそ、めちゃくちゃ可愛いわ)
いい気分になり、創平は自分のアパートに戻るのだった。
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