伝えたい、伝えられない。

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40.年の瀬(前編)

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 年末、三十日に実家に帰省した創平だが、母親が顔色を伺ってくるのがわかり、げんなりした。
 弟の悠平も帰省しており、家族五人が揃ったのは久しぶりだった。
「俺はすぐ帰るから」
「なんで? 兄ちゃん、泊まらないの」
 悠平が不満そうな表情を見せた。
「うん、そんな遠い所じゃないし、いつでも来られるし」
「そう言って、ずっと帰って来なかったじゃないか」
 父親が苦笑して言った。
「いつでも帰れると思うと、なかなか、な」
「ふうん。兄ちゃんと会うの久しぶりなのにな」
「俺が歓迎されてないの知ってるくせに」
「そんなこと言うなよ」
 悠平は苦笑した。
 悠平と彩花がいればいいんだよ、と言いたかったが、父親の手前ぐっと飲み込んだ。
 実家にいても、ごろごろするだけで、妹の愚痴を聞かされるだけだ。
「ここでごろごろするより、部屋でごろごろするほうがいいかな」
 友達に子供生まれたから祝いにも行きたいし、と創平は言った。
 山岡を口実にしてさっさと退散するつもりだった。母親の様子次第ではいてもいいかと思ったが、何も言わずによそよそしい態度で、顔色を伺ってくる時点で無理だと思った。父親が、真緒と別れたらしいとでも言ったのだろう……もちろん母親のせいではないが、この様子だ、きっと話しているはずだ。
「ま、悠平が元気なのわかったし、充分」
「そう? 久しぶりに帰ってきたし、一緒に酒飲みたかったけど」
「正月はいるんだろ? だったらまた元旦に帰ってくるわ」
「ほんと? じゃあ正月に飲も。泊まればいいし」
「うん」
 悠平は心なしか嬉しそうだ。悠平は、子供の頃から創平を慕っていた。少し気弱な所もあって、そんな弟をからかう相手に創平が仕返しをしていた。
(よく考えてみたら、性格悪くなったのはそういうのもあったからかな……)
 隙を見せないように言葉遣いもわざと悪くしていたし、優しい弟を守るのに乱暴に振る舞ったりもしていたことを思い出した。
「兄ちゃんのアパートに行くのもいいよな」
「うん、いいよ」
「よし、いつか行こう」
「あ、けど、今の所から引っ越すかも」
「え? そうなの?」
 その言葉に、家族全員の視線が創平に向いたのがわかった。
「彼女と住もうかなあ、と思ってて」
「そうなんだ!?」
 悠平の目がきらきらとしている。
「えっ、創兄、彼女出来たの!? 今度はどんな人!? ギャル!? ギャル!?」
 スマホを見ていたはずの彩花が食いついてきた。
 ギャル、と決めつけているあたりが腹立たしい。
 母親も興味があるのか、お茶を運んで来た後にその場に留まり創平を見ている。
「今度は、って?」
 悠平がきょとんとした。
「創兄ね、前はチョー美人な人だったの!」
 彩花が身を乗り出して言う。
「そうなんだ」
 弟は興味を持ったようだが「前は」と言う言葉に、関心を持つことは避けたようだった。やはり頭がいい弟だ、デリカシーのない妹とは違う。
「でもその人障碍者でねー、やっぱ普通の人じゃないから、美人でも創兄とは合わなかったんだって」
 そんなこと一言も言ってないが、と創平は妹を軽く睨んだ。だが父親から母親、母親から妹へ伝言ゲームのように話がねじ曲げられて伝わったこともよくわかった。
「へえ……」
 悠平は困っている。
「で、今度はどんな人!?」
 彩花は自分より美人かどうかを気にしているのだ。
「美人だけど」
「うそー、また美人なの? 仲良くなれそうになーい」
 だろうな、と創平は内心で悪態をついた。
「今度の人は、普通の人なの?」
 母親が口を挟んできた。
 母親は失言だと気づいていないのか、父親が顔色を変えた。彼女は決して悪気はない。だからこそ自分の失言に気づいていないのだ。
「普通って何」
 気が短い創平はすぐにそう聞き返した。
「え?」
「普通って何。母さんの『普通』って何。話せない、耳が聞こえない、目が見えない、手足が不自由だと『普通』じゃないわけ」
 息子が静かな怒りを感じていることを父親は察したようだ。
「だって、それは普通じゃないでしょう……?」
 母親の、思ったことをすぐに口にするところを父親は、
「母さん、黙ってなさい」
 と咎めた。
「……だから嫌なんだよ」
「え?」
「そういうところ、嫌なんだよ。だから来たくなかったんだよ」
 創平は立ち上がり、母親を睨んだ。
「創平、座りなさい」
 父親が宥めるように言った。
「自分中心に考えるなよ。自分が普通だと思ってんのかしらねえけど。俺だって彼女と知り合うまでは、あんたと似たような考えだった。やっぱ俺もあんたの子供だからな、狭い世界と思考しかなかったわ。けど、彼女と知り合ってから、ハンデがある人はそれが日常で、俺らにとっては『普通』じゃないかもしれないけど、その人たちには『普通』で『当たり前』で生きてんだよ」
 母さんも彩花も頭悪すぎ、と罵った。
「なんであたしまで」
 彩花は頬を膨らませた。
 そして創平は踵を返した。
「創平!」
 父親も立ち上がり、創平を追いかける。
「待ちなさい」
「ごめん、帰る。悠平、悪いけど正月来んのやめる」
「障碍者の彼女と別れて新しい彼女いるなら、別にそんなカリカリすることないじゃん。創兄にはもう関係ないんじゃないの?」
 彩花の馬鹿丸出しの発言が、創平の静かな怒りを爆発させた。
「……そんなだからオーディションにも受からねえんだわ」
 ぼそり、と言った。彩花に聞こえたがどうかはわからないが。
 創平は足音を立てて、玄関へ向かった。
「兄ちゃん!」
「創平、待ちなさい!」
 二人が追いかけてきた。
 五月の時もそうだった。こうやって頭に血が上って、真緒と一緒に来てすぐに帰ってしまった。
 車に乗り込み、出ようとすると二人が運転席側に立った。
「悪い、帰る。やっぱ俺、母さんと話すの無理だわ」
 父親に向かって言うと、悲しそうな目をしていた。
「悠平ごめん、また今度な」
 慕ってくれる弟には申し訳なかった。
「父さんもごめん」
 じゃあ、と創平は車を出した。
 二人は棒立ちのまま、創平を見送っていた。
(そうだ、真緒のこと言ってないな……)
 まあいいか、とアクセルを踏んだ。
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