伝えたい、伝えられない。

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23.相談

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 七月。
 真緒の誕生日があるということで、温泉に行かないかと誘った。正直、やましい気持ちや下心もあってのことだ。
 だが、真緒の両親に反対されて断念することになってしまった。
(泊まり旅行だと、公然と一晩一緒にいられると思ったけど……)
 甘くはなかった。
「嫁入り前の娘が、男と二人で旅行は、やっぱ許されないか……」
『理由はわからないですが……すみません』
「まだ、俺は認められてないってことだな」
『そういうことではないと思います……』
「真緒ちゃんを守れる男にならないとな」
 真緒の誕生日プレゼントについては、真緒の要望を聞くことにした。
「海とかプールとか……泳ぎに行くのはどう?」
 だがこの案も一瞬にして消えてしまうのだ。
『わたしの耳に良くないらしくて、あまり水が入ると……』
 耳の器官に影響を及ぼすらしく、海やプールで泳ぐことは避けてきているという。風呂は大丈夫らしい。創平には違いがわからないが、それは言ってはいけないことだと判断した。
『わたしは、松浦さんと一緒にいられたら、嬉しいです』
 ドラマや漫画の台詞でしか聞いたことのないような言葉を言われ、内心では小躍りしていた。
 疚しい気持ちで海やプールに誘ったなんて言えないでいる。
 なのに真緒は、自分に恋人が出来るなんて、それだけで十分だと言っている。
「欲がないなあ……」
(本心、なのかな)
 こんな自分なのに、と未だに過去の暴挙のことを思うと卑下してしまう。真緒は山岡に好意があったはずだと創平は思っている。今はきっと、自分の好意に応えてくれているとは思っているのだが。


 創平は、その山岡に相談することにした。
 例によって、現場へ向かう移動中の車内でのことだ。
「んー。真緒ちゃんのそれは本心だろうなあ。おまえと一緒にいられて充分、それは嘘じゃないと思う。羨ましい」
「奥さんの時はどうだった?」
 山岡の妻はどういうふうだったのか、気になって尋ねた。
「里佳子か? あー……里佳子も欲はないほうだったなあ。前はよく、俺に向かって『休みがほしい』とか言ってたな。無理だっての」
「リアルだな……」
 看護師の妻は、一時期とても忙しかったようだ。
「だからせっかくの休みに連れ回すのも悪いなって思ったから、里佳子の誕生日はたいてい食事にか、里佳子がリフレッシュできる所に行ったかな。今もだけど」
「そっか……」
 あんまり収穫はなかったかな、とは言えないがそう思った。
「里佳子はさ、看護師だから、ちょっと特別かもな。旅行とか一緒に行ったこともないしなあ。なかなか長期休暇取れないからね、職場や人の性格によるだろうけど」
「……だな」
「でも今度は長期休暇もらうけどね」
「なんで?」
 休まない妻が長期休暇とは、どういう心境なのか気になった。
「産休の予定」
「えっ」
「子供、出来たんだよね。まだ産休は先なんだけどさ。年末頃に生まれる予定」
 照れくさそうに山岡が笑った。
「そうなんだ、おめでとう」
「ありがと。まあ年末なのがちょっと大変そうだけど。無事に生まれてくるなら、充分だけど。里佳子には言えないけど……俺ら、やっと子供が出来たから、俺、嬉しくて嬉しくて。里佳子もすげえ喜んでるんだよね」
「そりゃそうだよ」
 山岡が結婚してもう三年ほどになるはずだが、子供の話題が出たことはなかった。山岡が子供が欲しいなと言ったことはあったが、てっきり妻が働きたいと言っているので時期を見ているのだと思っていた。
「やっと」ということは、本当は夫婦とも授かりたかったのかもしれない。デリケートな話題ではあるので、言葉に気をつけて、祝福した。
「……あ」
「どうした?」
「めでたい話なのに、俺のこんな浮ついた相談して悪い」
「なんで? 別にいいじゃん。俺は聞きたいよ、おまえの恋バナ」
 親になる山岡の顔は、自分より立派な男だと感じた。
 結婚か……、と創平は、嬉しそうな山岡の顔に嘆息する。
(俺は……真緒ちゃんと結婚するのかな……。つーか出来るのかな……)
「まあ、俺のことは別にいいよ。安定期に入ったから、おまえには言っとこうって思ってたし。思いがけず言っちゃったけど」
「……教えてくれて嬉しい」
「うんうん、俺のほうが嬉しいけどね。子供も授かれたし、おまえのほうも順調みたいだしさ」
 山岡の報告のほうが、もっと祝福すべきことだとは思ったが、彼はにこにこと創平の話を聞いてくれた。
「で、温泉旅行を画策するくらいだから、まだ進展はしてないんだな」
「……」
「図星。キスはしただろ?」
「……まあ」
「その次は」
「次って……」
「まあ、あんなとこやこんなとこ、見たり触ったりとかさ」
「……ない」
「え?」
「してない」
「キスまで?」
 うん、と創平は頷いた。
「いや、待て。付き合ってどれくらいだっけ。半年は経った?」
「いや、もうすぐ四ヶ月かな」
「俺が許す。一線越えてもいいぞ」
 手を出してないなんてありえない、と山岡が震えた。
「況してやおまえが」
「自分でもそう思うから」
「……なんで足踏みしてんの」
「わからん」
「おまえ、真緒ちゃんと結婚するつもりなんだろ?」
「……先のことはわからねえけど、そのつもりでいる」
「じゃあ、しろよ」
「真緒ちゃんも、たぶん、俺とするつもりでいてくれてる、みたい」
「だったら、おまえが誘わなきゃ」
「……温泉でそのつもりだったんだよ」
 そうかそうか、と山岡は苦笑した。
「予約させてくれた」
「予約?」
「うん」
「何の? 温泉? 違うよな」
「……セックス」
 途端、危うく黄色に変わった信号を見落とすところだったようで、山岡が強くブレーキを踏んだ。
「朝からなんちゅー単語が飛び出すんだ」
「あーっ、俺はなんでおまえにこんなこと話しちまうんだろ。秘密にしたいけど、おまえだとつい言ってしまう!」
 山岡相手だとつい、隠さねばいけないことまで言ってしまう。真緒のこととなると、赤裸々に相談してしまうのだ。
「別にいいんじゃない? 俺も誰にも言うことないし。おまえと俺だけの話ってことでさ。おまえのガチ恋を応援するって言ったろ? おまえが真緒ちゃんのバージン奪う日を楽しみにしてるんだから」
「その言い方!」
「ちゃんと報告しろよ」
「絶っ対言わねえ……」
 けど言ってしまいそう、と我ながら予感がしていた。
「……予約はしたけどさあ……」
 そうなった経緯を話すと、
「俺の貸したDVDのせい? 悪いな」
「……気まずかったわ」
「けど、真緒ちゃんに似てただろ?」
「まあ……な」
 あのDVDのセクシー女優と真緒を重ねて見て、妄想しているというのは黙っておいた。言わなくてもわかるだろうと思ったからだ。
「うん?」
「ほんとに出来んのかな……とは思ってる」
「出来るよ。てか、しろ。真緒ちゃんは待ってると思うぞ?」
「そうかな」
「俺はそう思うけどなあ。一線越えたら教えて」
「嫌」
「なーんで。いいや、真緒ちゃんに訊くし」
「訊くな」
 山岡は笑うが、創平は真顔だった。
「あ、そんなこと訊きたいんじゃなかった。もうすぐ彼女、誕生日なんだけど、温泉旅行がダメになったし、何をプレゼントしたらいいかなと思ってさ……」
 ようやく本題に入ったのだった。
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