伝えたい、伝えられない。

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11.デート(後編)

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 真緒の父親もテーブルの上座にいた。
 食卓には、たくさんの料理が並べられている。これを真緒の母親が作ってくれたのかと思うと、驚きしかない。
 母親にしたように挨拶をした。これまでの彼女たちの親に会ったこともないのに、付き合ってもいない女性の親に挨拶をすることになるとは思わなかった。
「まあまあ気楽に」
「こちらの席にどうぞ」
 上座に父親、その両サイドには二席ずつ椅子が並んでいる。
 台所に近い方に母親、その向かいに真緒。真緒の隣に創平が着席した。
 怖そうな父親だったらどうしようかと思ったが、厳ついようには見えなかった。
「妻が食べていってもらうつもりで用意したので、口に合うかわからないが召し上がってもらえれば」
「あ、えと、ありがとうございます。突然お邪魔して申し訳ないです」
 緊張しかない創平だった。
 粗相をしないように必死な自分がいる。
「松浦さん、どうぞ」
 真緒の父親にビールを勧められたが、母親と真緒に、
「駄目ですよ」
『車を運転されるから駄目だよ』
 と言われていた。
「ああ、これは申し訳ない」
「いえ」
「また今度是非」
「は、はい……」
(今度があるのか?)
 今日はどうだったの、と真緒は両親に尋ねられ、
『楽しかったよ』
 と答えていた。
「娘が誰かと出かけるなんてなかったから、ちょっとだけ心配したけど、会社の方がご一緒だと聞いて安心したんですよ」
(それって、どういう意味なんだ?)
 ちょっとだけ心配、というのは、人と出かけることに対してなのか、相手が男だからなのか、創平は考えたが深く追求することは控えた。
 会社の人間と一緒で安心した、ということは自分は害のある人間ではないと思ってもらえたのだろう。こうして食事まで振る舞ってくれているのだから。
 食事のあと、コーヒーをと言われたが、
『松浦さんは、コーヒーじゃなくて緑茶のほうがいいよ』
 と真緒が伝えた。
「そうなの? わかったわ」
 母親が準備している間、創平は父親に話しかけられた。
「娘は会社ではどんな感じですか? 上手くやれていますか?」
 真緒のことを心配しているのだろう、父親は創平に質問をした。
「は、はい! それはもう! 俺……自分たちが働きやすいようにサポートしてくれますし、社長も、社長の奥さんもすごく助かるって……。パソコンも出来て仕事も早いし……。気も利く方なんで、本当に働きやすくて」
 あれほど毛嫌いしていたというのに、この変わり様が自分でも滑稽だ。
 真緒の両親は、自分が彼らの娘にひどいことを言っていたことは知っているのだろうか。知っていて、その相手にそんなことを訊いたのだろうか。
(いや、そんなことはないよな……)
「そうですか……会社の方にそう言っていただけて安心しました」
「他社の社長さんや事務の人にも頼りにされてるみたいで、話題に出ますよ」
「……本当に安心しました」
 父親は心底安堵したような表情を見せた。
「娘は、会社で良くしてもらっているというばかりで、本当のことを言っていなんじゃないかと思っていました。このとおり、話すことが出来ないので、またそちらでも嫌な思いをしても言わないのかと」
「え……?」
 真緒は、高校卒業後は、地元銀行の障害者雇用制度枠で勤めていたが、いじめに遭っていたという。真緒自身はそれは言わなかったようだが、ある日突然退職してきたらしい。
 前の職場でうまく立ち回れずに辞めることになった話は耳にしてはいたが、それが銀行だったとは。
 二年勤務して突然退職した、という話に創平が真緒を見ると、俯いていた。
「言葉が話せるように生んであげられなかったのが申し訳なくて……」
 母親がお茶を淹れて出してくれた。
「生まれてから少しの間は……声が出せたんですけれど」
『別に不幸じゃない、耳も聞こえるし、目も見えるから、いい。優しいみんなの顔も見られるし、声も聴こえるから充分』
 真緒が手話を使って何かを伝えて来た。
「えと、なんて……。すみません、自分、手話はまだ覚え始めたばっかりで……職場の同僚達はみんな出来るんですけど……すみません」
「不幸だと思っていないって。耳も目も使えるし、優しくしてくれる周りの人たちのことを見て、声をきくこともできるから、充分だって」
 母親が通訳をしてくれた。
(倉橋さん……)
 かつて自分が彼女を罵っていたこを、心底恥じた。
「所で会社の皆さん、手話を使われるんですか」
 父親は驚いたように言った。
「あ、はい、殆どの人が……」
「みなさん、本当に……有り難いですね……」
 声を詰まらせ、父親は感謝を伝えてきた。
「良くしていただいて……」
 母親も創平に向かって頭を下げる。
「いえ、俺……自分は何もしてなくて、職場の同僚達が……」
「山岡さんという方には奥様にも、娘がお世話になっているそうなんですよ」
 母親は嬉しそうに言う。
(そういえば)
「あ、はい、山岡がそう言っていましたね」
「里佳子さん、だったかしらね。奥様にも親しくしていただいてて……。そうだ、どうやら山岡さんには、娘が高校生の頃、助けていただいたことがあるらしくて」
「そうなんですか?」
 驚き、真緒を見ようと視線を向けたが、彼女の姿はなかった。母親がお茶を出したあと、台所で片付けをしている様子だ。
(山岡と……以前に、会ったことがあったのか……)
「詳しくは話してもらったことはないんですが、今の会社に昔助けてくれた人がいた、と」
「そう、ですか……。山岡も驚いたでしょうね」
「どうなんでしょうね、どういうふうにおっしゃったかは聞いていないんですけど」
 優しい方達ばかりで有り難い、と母親はしきりに言った。
(そうなんだ……山岡が……)
 聞いたことないな、と思った。もしかすると、言う必要はないと判断したのかもしれない。真緒が入社してから創平はずっと彼女のことを悪く言っていたし、言わなくなった今は、こちらが真緒に好意を抱いていると知り、山岡が気を遣っているのかもしれない。
(やっぱり倉橋さんは……山岡が好きだったんじゃないのかな)
 山岡は、否定はしていたが。
 胸の奥にどす黒い気持ちと、羨望のような気持ちが入り交じる。
「あのう、本当にみなさんにはなんと感謝したらいいのか……ありがとうございます。これからも娘をよろしくお願いします」
「お願いします」
「えっ、あっ、こちらこそよろしくお願いします……」
 片付けを終え、菓子を乗せた盆を手に戻ってきた真緒の顔を見ると、申し訳なさそうに創平を見返しているのだった。

 持てなしてくれた倉橋家を後に、創平は自分のアパートに戻った。
 美味しくて満腹で、夢心地だった。
 真緒は両親に大切にされているから、あんなに真っ直ぐなのだろう。
 銀行を辞めたのも誰にも言わずに決め……というより誰にも言えなかったのだろうと創平は思った。
(俺が、あの子を好きだと言ったら困らせるんじゃないかな……。もしうまく行ったとしても、彼女を大切にできるか、自信は……ない、な)
 真緒のことだ、自分が真緒を罵ったことなども、きっと誰にも言ってやしない。あの様子だと、いいことしか言っていないはずだ。
 会社の人が良くしてくれる、なんて創平以外の人間のことだ。
(あー俺、マジで最低だ……)
 その後暫くして、真緒からメッセージが届いた。自分から先に、お礼のメッセージを送るつもりだったのにだ。
 真緒からのメッセージに胸が高鳴る自分がいる。
(ヤバい、倉橋さんにハマる……)
 創平から礼のメッセージと、写真を送ると、すぐに既読になった。
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