伝えたい、伝えられない。

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11.デート(前編)

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 真緒が集めているキャラクターのおまけが揃ったらしい。
 創平が昼の弁当を買ったついでのお茶のおまけで、全部そろってしまった。
 現場から戻り、夕方事務所に戻った時だ。
 遅くなったのでもう真緒は帰ったかと思っていたが、まだ後片付けをしていたので、おまけを渡したところ、真緒がとても喜んでくれた。
(口実なくなった……)
『揃いました! ありがとうございます!』
 礼を言われて、顔は笑っていたが心のなかは荒んでいた。
 最近はずっとこのおまけを口実に、会話やメッセージのやりとりをしていたのだ。
 ブブッ、とスマホが鳴った。
 真緒からだった。
 今一階の事務所で会ったばかりだが。
《おかげでコンプリートできました。ありがとうございます》
 顔が自然と綻んで行く。
(さっき、その場で言われたけどな……)
 なのにメッセージをくれた。机の上に並べたマスコットの写真を添えて。
(……律儀だな)
「なに、真緒ちゃんからデートのお誘いか?」
「ちげぇよ」
《いつもいただいてばかりなので、何かお礼をさせてください》
「どうした?」
 創平は顔を赤らめながら、スマホを見せる。
「ん! お! うわっ!」
「俺、どうしたらいいんだ……」
 そしたらさ、と山岡は言う。
「おまえがデートに誘えよ」
「はぁ?」
「お礼に一度デートにつきあって、って」
 山岡は満面の笑みで、創平の両肩を掴んだ。


 十一月。
 斯くして、創平は真緒と外出することになった。
 山岡は「デート」だと言ってうるさかったが。
 真緒の家の近所まで、創平は車で迎えに行った。
「おはよ」
 手話を交えながら、創平が挨拶をすると、
『おはようございます』
 真緒も同じように言った。
 挨拶の手話は覚えたつもりだ。
 真緒は会社で見るときの事務服スタイルや、行き帰りのラフなスタイルとは少し違い、おめかしをしているように見えた。
 着ている服は、ふんわりとしたイメージで、今まで一緒にいたことのある女性には見なかったタイプのコーディネートだ。ゆったりとしたクリーム色のカットソーに、チェックの長めのスカート、足下はハイカットのスニーカーだ。多くの人が愛用しているスニーカーだった。センスの善し悪しは自分にはわからなかったが、彼女には合っていると感じた。
「どうぞ」
 真緒を助手席に乗せ、走り出した。
 何を話したらいいのか悩んだが、いつかの飲み会帰りに送った時のように、一方的に自分の好きなことの話題を話した。ちらりと彼女を見ると、笑いながら相槌を打ってくれていた。無理をしているのではないかと思ったが、真緒もこちらを見て頷いている時があり、目が合うと慌てて逸らしたりもした。
 会話はスムーズとは言えなかったが、真緒が手話やジェスチャーを駆使しながら、創平に問いかけてくることもあり、理解しようと必死になっているうちに時間は過ぎていった。
 目的地はデートの王道、遊園地だった。
 創平は遊園地デートなどしたことがなかった。
 日曜日の遊園地は人が多い。
 あれに乗ろうか、これに乗ろうか、と真緒を連れ回した。
 真緒もあまり遊園地に来たことがないらしい。兄がいるが、その兄が中学に上がるくらいまでは行ったことがあったようだが、それからは行く機会はなかったと、手話と筆談で話してくれた。
 真緒はショルダーバッグに電子メモ帳を忍ばせてきていたようだ。彼女は仕事でもそれを使っていて、今日も持参してきていたというわけだ。
 昔は紙のメモ帳を使ってきていたが、最近はこれも使うと言う。仕事では、消えてしまう電子メモより、アナログのほうが証拠や履歴が残るほうがいいこともあるとのことだ。今日は創平としか話すことがないので、こちらだけにしたと話してくれた。
(そういえば、俺、なんも倉橋さんのこと知らねえな)
 もっと知りたいけど深入りしてもいいものなのか。
 聞かれたくないこともあるかもしれない。
「喉乾いてない?」
 あれこれとアトラクションを楽しんで、ふと気づいて言った。
『大丈夫です』
 大丈夫、という手話は覚えている。真っ先に覚えたものだ。
「ほんとに? 叫んで疲れてそうだけど」
 声は出ないが、彼女が「叫んでいる」ことは気づいた。
 喉から風を出すような、息を吐いていたのだ。
『……ほんとは少し』
 肩を竦め、指で「少し」と示した。
 手話でなく、一般的に多くの人が示す仕草だった。
 こんなに浸透していても、手話とは違う仕草なのだな、と手話を勉強するようになって知った。
「俺に遠慮しなくていいのに。じゃあ、ここで待っててよ。あの店でソフトドリンク買ってくるから。何がいい?」
 真緒はお茶を、とメモに書いて示した。
「わかった。じゃ行ってくるから」
『お願いします』
 創平もお茶を選ぶことにした。前は炭酸飲料をよく飲んでいたが、真緒の好きなおまけがついているお茶がきっかけで、最近は飲むことが多くなった。会社でも、真緒が入れてくれるお茶を飲むことが増えている。
「お待たせ!」
『ありがとうございます』
「俺も同じのにした」
 真緒がバッグから財布を出し、支払いをしようとするのを慌てて制した。
「俺が誘ったんだから、俺のおごり」
『でも、お礼をするのはわたしのほうで……』
「お礼をするのが自分だからって? いいんだよ、そのお礼に、俺と一日遊園地につきあってもらうんだからさ」
 真緒と話していると、今まで当たり前だと思っていた、他人との意志疎通は、そんなに簡単でも難しくもないのかもしれない、と気づいた。自分次第で変わるのだ。
 つきあってきた女たちには「人の気持ちわかんない男だよね!」と捨て台詞を吐かれてきたが、それは「言わなくてもわかるだろ」「空気読めよ」と言う自分の考えを押しつけていたことが原因だった。
 言葉を発しすぎて相手を傷つけることもあるし、言わなくてすれ違うことも多々ある。最低限のコミュニケーションがあってこそ、意思疎通がはかれるのだろう。伝えたいことは伝えないといけない、そう思った。同時に、相手の気持ちを考えるということも大切だとわかったのだ。
 真緒を気にするようになって、彼女が疲れていないか、嬉しいか、楽しいか、困っていないか……言葉で伝えてもらえない分、相手の気持ちがどうなのか知りたいと必死になっている自分がいる。一方で、言葉がないと困ることはたくさんあるが、なくても疎通できるものはあるのだと感じた。
 そして、これまでの自分が、いかに相手を思いやっていなかったのか、思い知らされた。
「俺、倉橋さんを連れ回してるけど、足とか痛くない?」
『大丈夫です、すごく楽しいです!』
「楽しい? ならよかった」
(これは本心か……)
 歩くつもりでスニーカーを履いてきたのだ、と真緒は嬉しそうに足下を指さした。
「そうなんだ」
『大丈夫』という手話は何度も使って、すぐに覚えた言葉だ。以前に、真緒と山岡がやっているのを見ていたが最初だが、創平は覚えることができた。
『楽しい』という手話もなんとなく理解した。
 感情の手話はたくさんありすぎて、基礎で習った以外はまだ覚えられていない。覚えたつもりでも、使わないとすぐ忘れてしまう。勉強が苦手だった創平は、自分の記憶力のなさにがっかりしたものだ。
 今日、遊園地で使うかもしれない、という手話もいくつか勉強してきたが、殆ど使えていない。

 ……少し休憩したあと、またいくつかのアトラクションを回った。
 真緒は楽しそうだ。
 普段は見ることのない笑顔だ。
 況してや以前の自分では、絶対に彼女の楽しそうな顔を見ることはなかっただろう。
「ね、次、ああいうのはどう?」
 ホラーハウスを見つけ、誘ったが真緒は首を振った。
(やっぱ怖いか)
(作り物だから平気と思ったけど……)
『松浦さんは入りたいですか?』
「俺が? あのアトラクションが好きか? 入りたいか? あー、いや、特に。視界に入ったから訊いてみただけだよ」
『入りますか?』
 入らないのか、と言われた気がして、
「倉橋さんが嫌なのは無理しなくていいよ」
 首を振り、あっちに行こう、と促した。
 しかし、真緒は創平の袖を引いた後、急に立ち止まった。
『あのう、あれ……もらえるって……』
「ん?」
 ホラーハウスの入口に近づき、立て看板を眺める。
「あ」
 よく見てみると、真緒の好きなキャラクターとコラボしているのか、ホラー仕様のクマのキャラクターマスコットがもらえるとある。出口まで無事に出てこられたら、だ。それは二種類あった。
 真緒は、特別使用のキャラに目を輝かせている。
 可愛い、と言いたげで、スマホを取り出して写真を撮っていた。
「……俺ら二人で出てこれたら、二体もらえるのかな」
『どうなんでしょうね』
「倉橋さん、あのキャラへの愛がすごいね」
『…………』
 恥ずかしそうに真緒は笑った。
(羨ましいよな……好きなものがあるって)

 結局、真緒はキャラ愛が勝ったようで、入ることになった。いいのかと念押しをしたら、真緒は頷いたのだった。
 ホラーハウスでは、真緒は悲鳴をあげまくった。と言っても、声にならない、風を吐くような高めの音程の呻き声をあげている。
(叫ぶときってこんな声出すんだ)
 アトラクションの悲鳴とはまた違う叫び方だった。創平の背後に付いて、服の裾をぎゅっと引っ張って隠れるようにして歩いていく。
「大丈夫だって」
 作り物なんだし、と創平は笑うが、リアルな光景に真緒は終始怯えている。。
 怖がる真緒が可愛らしく思えた。
『ひぃぃぃ!』
 創平の背中にしがみついてくる。
(な、なんか、悪くねぇ……)
 女に、しがみつかれたことなんてない。
(ベッドのなかだけしかねえな……)
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