大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

2.約束(前編)

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 舞衣と親しくなった浩輔は、三年生でクラスが離れ、四年生もそのまま持ち上がるため、二年間はクラスが違ったが、それでも彼女とはよく話すようになっていた。自分の友達やクラスメートとも遊ぶ浩輔だが、舞衣はちょっと特別だった。
 五年生になり、また同じクラスになって、一緒に帰ることも増えた。成長期に差し掛かり、周囲には背が伸びるなど体格に変化が現れる者もいるなかで、浩輔もそんなに変化はなかったが、舞衣も相変わらず小柄だった。背が低く、男子にからかわれたりすることもあったが、喧嘩に強い浩輔は彼女を庇った。女子のほうが背が高くなくなっているのに、舞衣は例外だったから、揶揄いの対象になったのだ。
 しょうもうない、と浩輔は冷ややかに見ていた。
「三原君、今日も、ありがとう……」
 舞衣は浩輔に礼を言ってきた。
「いいよ、別に礼を言われるようなことでもないし」
「けど、いつも、三原君のお陰で、助かってるし」
「俺のいないところで嫌なことしてくる来たら、言えよ。きっちり返してやる」
「うん……でも、仕返しなんてやめてね」
 なんでだよ、と浩輔は舞衣を見やった。悲しそうな顔で浩輔の顔色を伺ってくる。
「なんだよ、まさか、また嫌がらせしてくるのか?」
「……」
 舞衣は返事をしなかった。
「何された。中辻と南か?」
「……うん」
「舞衣ちゃん、ちゃんと言えって」
「三原君がやり返したら、三原君のいないところで……髪のリボン盗られたり、階段から突き落とされたり……」
 浩輔はギリギリと歯がみした。
「で、でも、優子ちゃんと美咲ちゃんが庇ってくれたから、怪我もしてないし、大丈夫だった……」
「そうか」
「三原君は何もしなくていいよ。助けてくれるだけで充分だから。自分で、なんとかするから。三原君まで嫌な目に遭わせたくない、から……」
 怯えるように舞衣は言った。
 自分の正義感のせいで、舞衣がさらに嫌な目に遭っていたとは。浩輔は申し訳なさと、相手に怒りを覚えた。
「わかった……ごめん……」
「自分でなんとかできるようにするから」
「ん……。余計なことして、悪かった」
「よ、余計なことじゃない、よ。わたしは、嬉しい、し……」
「そう?」
「……うん」
「じゃあ、俺がいるときは俺を頼れよ」
「……うん」
 舞衣は大きく頷いてくれた。
 その表情に、浩輔は嬉しくなる。
 ──五年生にもなって、そんな卑怯なことをしてくる男子児童がいるのは腹立たしかった。しかし浩輔は悪さをする理由をわかっていたのだ。
(中辻は佐藤が好きなんだよな……絶対。で、南のほうは、佐藤を庇う宮坂優子のことを好きなんだ。中辻が佐藤を揶揄えば、宮坂が出てくるしな)
 好きな子には意地悪をしたくなる、そういう法則があることをその時の浩輔はまだ知らなかったが、あとでそれは知った。

 その後も浩輔は何かと舞衣を気に掛けていたが、男子と女子の間には見えない壁が出来始めていた。
 大っぴらに一緒に帰ることはないが、舞衣と浩輔が一緒になれば、帰ることもあった。
 六年生にもなれば、浩輔が舞衣をどう思っているかの自覚をするには充分だった。


「……っ……三原く……んっ……一緒に帰ろう……」
 背後からか細い声が聞こえてきた。走ってきたのだろう。友達と途中で別れてから、浩輔の姿を見て追いかけてきたのか、息を切らせている。
「舞衣……」
 もう六年生という時間もあと少しだ。年が明けて、春が来れば中学生になる。
 この頃には、周囲も浩輔も、もう男女を意識するようになっていた。舞衣ちゃん、と呼んでいたが、気恥ずかしくて呼び捨てにするようになっていた。苗字で呼ぼうかとも思ったが、隣のクラスに、三年四年の時に一緒のクラスになった佐藤という女子がもう一人いるため、舞衣のことは名前を呼び続けていた。
 秋の修学旅行では、同室の男子達が、好きな女子の話をしていたのがその象徴だ。
 六人同室のうちの一人だった中辻は、やはり舞衣のことが好きなようで、好きな女子の話題の時には当然そのことが出てきた。
「俺は、佐藤、かな」
「お~」
 何の「お~」なのか浩輔には全くわからなかったが。
 一人ずつ名前を挙げさせられたが、浩輔は舞衣の名前は出さなかった。
「三原は? 佐藤じゃないの」
 敵視するような中辻の言葉を、とりあえずは否定した。今この場で言ってしまったら、あとで何が起こるかわからない。
「俺はいないよ」
「そうなの? てっきり佐藤のことが好きなんだと思ってた。ずっと仲いいから……」
「まあ仲は悪くはないとは思うけど。じゃあ、なんで舞衣に意地悪するんだよ」
「それは……」
 浩輔の質問に彼は口ごもっていた。浩輔の想像は当たっていたようだ。
(好きな女の子には意地悪をする)
 構ってほしければその反対だろうに、と浩輔は思ったらが腹が立つので助言はしなかったのだが。
「舞衣は引っ込み思案で、仲いい女子と俺にしか本音は言わなかったからな。ずっと嫌がってたから俺は庇ってただけだ」
 ──そんなやりとりがあってからは、中辻と南の嫌がらせは止んだ。舞衣に嫌われたくなかったのだろう。
 舞衣をあからさまに傷つけるような者もいなくなったし、彼女を庇うようなことはなくなった。困っていることがあれば手助けはするが、ただの友達、もしくはクラスメートのポジションだった。
「大丈夫か? そんなに走ってきたのか?」
「ちょっとだけ……」
 へへへ、と舞衣は笑った。
 この表情をあまりクラスでは見ることがなかった。そもそもこんな笑い方をすることがない。大人しい舞衣が、自然な笑いをしているところは浩輔と一緒にいる時くらいしかない。
 ということに気づいたのはこの最近なのだが。
「あんまり走ると、また身体に障るよ」
「大丈夫。小さい頃よりは丈夫になってるから」
 低学年の頃はよく学校を欠席していたが、確かに最近はそれが減っている。虚弱体質気味だったようだが、人並みに風邪をひいたとか、その程度での欠席だった。
(丈夫になった……?)
 その割には、相変わらず背丈は低い。
 体つきは……もしかすると見えないところで大人になっているのかもしれない。
(おっと、変な想像した……)
 自分の身体がむずむずするのを抑え、前を向いた。
 隣に舞衣が並ぶ。
「今日の給食のプリン、美味しかったね」
「うん、美味かったな。舞衣はプリンが好きだもんな」
「大好き!」
 プリンが好きなのは知っている。一年生の時に気づいたことだ。
「大人になったら、プリンいっぱい食べたいな」
「大人にならなくても、食べられるんじゃないのか」
「うーん、お母さんが、一個にしなさいって言うから」
「そうだな、食べ過ぎはよくないよな」
 施設でも、小さい子がもっと食べたいと言うことがある。分けてあげることもあるが、先生達はそれを好しとしない。一人一つのルールは厳守、駄々をこねればそれが叶うというのがここで通用すれば、現実の厳しさを知ったときに道を逸らしてしまう可能性もある。物の道理がわかりはじめた頃、慕っている先生が教えてくれたことだった。
「働いてお金稼げるようになったら、舞衣にでっかいプリン、プレゼントしてやるよ」
「ほんと!?」
「うん、バケツの大きさみたいなプリン。テレビで見たことある」
「楽しみ! その時は三原君も一緒に食べようね!」
「いいの? じゃあ、俺も一緒に食べる」
 テレビで見たバケツサイズのプリンを、いつか舞衣に食べさせてあげる。そうだ、施設の弟妹たちにも食べさせてあげられたらいい、浩輔は自然と笑顔になった。
 早く働けるようになりたい。
 お金を稼ぎたい。
 漠然とだが、近頃はそう思うようになっていた。
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