大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

13.誤解を生む再会

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 季節は五月。
 二人は買い物に出かけた。
 そろそろ弁当は次のあとは休止かな、という真穂子の言葉に、昼間が暑くなりはじめた近頃では無理だろうなと思った。
「保温保冷ジャーを買って、ごはんとおかず入れるのもいいですかねえ」
「無理しなくていいよ。夏場はどこか店で買うし」
「そうですか?」
 本当は真穂子の弁当を食べたいところだが、こうも早く暑くなってくれば食中毒の心配も出てくる。
(残念だけど)


 祐策はユキミに出会した。
 真穂子がトイレに行っている間の出来事だ。
「祐策君」
「え?」
 声をかけられ振り向くと、ユキミがいたのだ。
「久しぶり」
 オフのユキミを見るのは初めてに等しい。
 夜働いて昼間は寝ているはずだ。それを尋ねると、
「一週間お休みもらってるから、昼間にいろいろ動いてるんだよ」
 笑って答えた。
「そう……」
「わたしね、就活してて」
「しゅうかつ?」
「就職活動。一般企業に勤められないかなあって」
「店やめるのか?」
「いずれはね。ずっとできる仕事じゃないし」
 ユキミの年齢は知らないが、まあ同世代だろうと祐策は思っていた。けばけばしいユキミしか知らなかったが、こうしてみるとどこにでもいそうな出で立ちの女性だった。服装は身体のラインが出ているので、目のやり場に困ってしまう。
「けど、欲しいもの買えなくなるぞ」
「いずれはそういう日が来るでしょ。今欲しいものは今の自分に合うもので、そのうち合わなくなるだろうし。それに結婚して子供育てたりするようになれば、今までみたいな生活できなくなるでしょ」
「結婚すんの?」
 突然の「結婚」という単語に祐策は反応してしまった。
「なあに? わたしのこと惜しくなった?」
 その様子に驚いたのか、ユキミはにやにや笑う。
「なってねえよ」
「なによぉ。ちょっとはそう思ってくれてもいのに」
「で、結婚すんの」
「予定はないわよ。したいけどね」
 ふーん、と適当に相づちを打った。
「前に言ったじゃない? 祐策君に付き合って、って。彼女にしてくれるなら、祐策君だけにするって。これからは昼間の仕事を始めるつもりだから。わたし変わるから。だから、彼女にしてよ」
 唐突なお願いに祐策はのけぞりそうになった。
「できない」
「なんでよ」
「前にも言っただろ」
「好きな人がいるって? でも旦那子供がいるんでしょ」
「……それは」
 なんでそんなこと覚えてるんだよ、と祐策は苦々しい顔をした。
 ──そこへ真穂子が現れた。
 まずい、と直感した。
 なんてタイミングだ。
「お待たせしましたっ。……って……えと……?」
 真穂子は祐策とユキミの顔を見比べてきょとんとしている。
「こんにちは」
 祐策の腕を掴み、ユキミは胸を押し当てて挨拶をした。
「こ、こんにちは……」
 真穂子は目を丸くさせ、驚いている。無理もない。
「あら、こちらは?」
 ユキミは真穂子をじろじろと見ている。
「俺の彼女」
「彼女!?」
 ユキミは驚く。
 真穂子は小さく頭を下げた。
「え……待って、あの、前に言ってた人?」
「そう……」
「旦那子供がって」
「それは俺の思い込みだった」
「そう、なんだ……」
 ユキミは明らかに落胆している。
「じゃあ、祐策君の気持ちが通じちゃったわけ?」
「そういうことに、なる、かな」
「……そうなんだあ……」
 腕を放そうとしたが、ユキミは反対にまた押しつけてきた。
「初めまして、祐策君の彼女さん」
 まるで挑発するかのようにユキミは真穂子に挨拶をした。真穂子はユキミが自分にとってどういう存在なのか察したようで、顔が少し引きつっていたが、もう一度おずおずと頭を下げた。
 紹介したほうがいいのだろうかと思ったが、その必要はないと考え、祐策は何も言わないでいた。
「あたしは祐策君の元彼女です」
「違うわ!」
 間髪入れずに否定した。
「えー、違うの?」
「違う」
「じゃあセフレかなあ」
「……違う! だろ……」
 はっきり否定できない自分が情けなかった。
「祐策君、自分だけさっさと彼女できてさあ。フラれたらわたしと付き合ってくれるんじゃなかったの」
「は!? ンなこと一言も言ってねえし!」
「これが最後だってセックスした時に言ったよ?」
「い、言ってねえ! てか何の話だよ!」
「もう最後にするって言ったくせに、あたしが、祐策君だけにするからって言ったら、俺がフラれたら付き合ってやってもいいって」
「ンなこと言うか! 出鱈目言うなよ!」
 全くの嘘だ。
 この女は真穂子を挑発している。
 慌てて真穂子の顔を見るが、無表情だ。こんな表情のない真穂子を見たことがない。じっと、離そうとしないユキミの腕を見つめている。
(まずい……誤解されてる……)
「離せって。……雪野さん、行こう」
 真穂子の腕を取り、祐策は腕を振ってユキミの掴む手を振り払った。
「何よ……。あたしだって祐策君に本気だったのに。いつも優しくしてくれてたから、勘違いしちゃったってこと? 馬鹿みたい……」
「宮城さん」
「はいっ」
「ちゃんとお話したほうがよさそうですよ? わたしのことは気にせず、こちらの方とどうぞ」
 真穂子は祐策の手を振りほどき、すたすたと去って行く。
「待って、雪野さん。いてっ」
 追いかけようとした祐策の腕をユキミは掴んだ。
「彼女もそう言ってるんだし。久しぶりだし、お話しよ」
 祐策は顔色を失った。
 真穂子の姿が見えなくなると、ユキミはすぐに腕を離した。
「何よ、自分だけうまくいっちゃってさ」
「いいだろ別に」
「ふーん。祐策君が好きっていうくらいだからどんな女かなあって思ったら、別に美人じゃないじゃない? ブスでもないけど。あたしのほうが絶対いい女だと思うけどなあ」
「俺には可愛い人なの」
「へえー。鼻の下伸ばしちゃって。細いけど胸もないし。祐策君は胸の大きい人が好みなんじゃなかった?」
「違うわ。そっちが誰かと間違えてるだろ」
「ふうん……。ちょっと細い気がするし、肉付きよくなさそう。あれっ、もしかしてセックスが上手なのかな?」
「……そういうんじゃない」
「何それ。そっか、先に好きになっちゃったんだっけ。じゃあセックスの巧い下手は関係ないってことかあ」
「…………」
 ねえ、とユキミは甘ったれた声で身体をすり寄せてきた。
「彼女とあたし、どっちのほうがいい?」
「……言わない」
「なんで? 教えてよ」
「言わねえよ」
「……あれ? 彼女って言わないんだ? もしかしてまだしてないとか?」
「…………」
「図星かあ、そうなんだあ、まだ抱いてないんだあ? じゃあずいぶんお預け食らわされてる感じ? ね、それならわたしが気持ちいいことしてあげよっか?」
 しなだれかかるユキミを勢いよく押し退けた。
「やめろ!」
「きゃっ……」
「マジでやめてくれ。おまえとはもう寝ないって言っただろ。何の嫌がらせだ」
「別に嫌がらせなんて……」
 ユキミは口を尖らせ、乱れた上衣を整えながら言った。
「祐策君のこと本気なのに」
「ふざけたこと言うのやめろ」
「ふざけてないよ」
「俺じゃなくても、おまえの望みをかなえてくれるような金も地位もあって顔もいい男いるだろ」
「……だって」
「セックスが上手な男ごまんといる。そのいい男のなかにいるだろ……今までいなかっただけで」
「だって、祐策君……」
「悪い。もう俺いくわ。彼女のことは本気だから。胸が小さかろうが、おまえにとっては美人じゃなくても、セックスなしでも、俺には最高の女なんだよ。おまえとはもうこれ以上話すことはない。二度と会うこともない」
 祐策はユキミに背を向けた。
「何よ……」
 
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