つよくてもろい君たちへ

そうな

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第一部

朝(2)

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 先生のものよりも少なめによそわれた朝食にありがたい気持ちがこみ上げる。早くすべて食べたいし、学校の時間も迫っている。それなのに上手く箸が進まない。

「無理はしなくていいからな」
 僕のあまり進んでいないご飯を見て先生が優しい声でそう言う。でも、せっかく作ってくれたのに残すなんて失礼だし、迷惑だ。
「おいしい、です。大丈夫です」
 嫌いなわけじゃない、無理はしてない。
 でも、先生はまた困った顔をした。昨日から何回この顔させたんだろう。お腹の中がズン、と重くなった気がしてうつむく。

 先生が立ち上がった。ご飯食べ終わったのかな。
 早く食べないと。
 そう思って慌てて茶碗に手をのばす。


 ガシャッ

「あ…」
「おいっ」

 頭が真っ白になる。
 手で弾いてしまった茶碗は味噌汁の器に当たりそれを倒した。ゴロンと転がった茶碗はそのまま床に落ちて割れ、味噌汁は僕の服を濡らす。
 
 やってしまった。

「ご、ごめんなさい!」
 皿を割るなんて久しくしていなかったのに。申し訳ないとか、悔しいとか、そういう気持ちがぐちゃぐちゃになって僕の中を這いずり回る。どうしたらいいのか分からなくてとにかく茶碗を拾おうと椅子から降りて手で茶碗の破片を集めようとする。

「触るな、アキ」


 それをわずかに先に止めたのは、先生の手だった。
 先生は布巾で僕の掌をそのまま包む。
「破片は新聞紙と掃除機がある。素手で掴むのは危ないだろう」
「で、でも」
「それより火傷してない?味噌汁少しは冷めてたかな?」
 言われて服に目をやる。
 そこまで熱くはない。
 小さくうなずいて、そのままうつむく。
 
 謝らなきゃ。

 そう思うのに声がなくなったみたいに何も出てこない。先生が優しく背中をたたく。

「大丈夫。怪我してないならいい。ご飯はまだ食べる?」
 もうそんな気にもなれなくて首を横に振る。先生はまた優しく背中を叩いて、僕に着替えるように促した。

 寝室に戻って、掛けさせてもらっていた制服を身につけながら悔しくて涙が溢れる。どうして上手くいかないんだろう。

 ああ、先生が昨日僕を見つけたからかな。

 自分の中の何かが大丈夫じゃなくなっちゃうのは怖い。学校に行ったら、ここには戻ってこない。あの倉庫はもう使えないだろうけれど、そのまま他のところへ行こう。
 そう考えながら着替える。泣きたくなんてないのに、何故か涙は止まらない。

 そのまま泣いていたら、しばらくして先生が寝室に顔を出した。
「ないてる?」
 悟られるのが怖くて慌てて顔を隠す。きっとこの仕草でバレてるかもしれないけど、見られるよりはマシだった。
 先生が少し笑った気がする。
「今日は休もう」
 その言葉にパッと顔を向ける。先生はもう出かける準備は整っているようだ。
「え…行きます」
「いや、少し体調悪そうだよ。無理しないで休んで」
「大丈夫ですっ!!」
 叫ぶように言った僕に、先生は驚いた顔をした。なんて言えばいいのか分からなくて、僕はまた目をそらす。意気地なしだから。
「だ、大丈夫だから、行きます」
 だって、熱も何もないのに。健康なのにずるして休むなんてだめ。僕は大丈夫。ちゃんと毎日学校行かないと。そうしたらお父さんたちは「皆勤賞取れるなんてやっぱりアキは元気だなぁ」って喜ぶから。だから、大丈夫。
 
 先生は少し考えるそぶりをしてから口を開いた。
「…そんなに行きたい?」
「い、いきたい…」
 正直居心地は最悪だけど。
「……じゃあ、約束しよう。少しでも気分が悪くなったりしたらすぐに保健室に来ること。その時は必ず指示に従うこと。」
 それくらいなら、と思って頷くと先生は微笑んだ。朝日に照らされてかっこいい笑顔。きっと誰からも好かれる人。

 のろのろと鞄を持って先生の後に続く。大丈夫、学校に着けば元どおりだ。

 こっそり服などのビニール袋を忍ばせた鞄を後ろ手に持つ。今度はバレないところ探さないと。

 先生が、不自然に膨らんだ鞄に違和感を覚えるだなんてその時の僕は余裕がなくて気づくこともできなかった。
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