つよくてもろい君たちへ

そうな

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第一部

亀裂がはいる

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 わかってる。心のどこかでは、覚悟してた。どれだけ優しい人でも、結局は「そう」なるんだろうなって。
「アキは一人でも大丈夫だろ?」
「ごめんね、アキ」
 あれからひと月経って、僕の大会を見に来た二人は、表彰台に上った僕をほめたたえた口で気まずげにその現実を突きつけた。


 しらないよ。
 僕が大丈夫かなんて健斗の方が知ってるじゃないか。
 なにがごめんだよ。いい加減にしてよ。

 むき出しの暴言をどれだけぶつけたら、先ほどまでの高揚感の余韻にひたっていた幸せな時間に戻れるだろう。

「あんなに一生懸命に泳いでるアキを見て、中途半端じゃだめだと思ったんだ」
「でも、大会の前だったら迷惑だろうから、終わったらちゃんと話そうって…」
 困ったように下げられた眉に、そんな顔をしたいのは僕の方だという言葉が喉元まで出かかった。さも自分たちは筋を通しましたというような語り口。
「元は、俺が支えなきゃだめだと思うんだ。でも、アキは時間がない中での大会でもこんな成績をとれる。一人でもなんでもできるじゃないか。俺が元を支えて、アキは部活を頑張れる。そうすれば、お互い楽になるんじゃないかなと思うんだ。アキはそばにいるのが俺や元じゃなくても大丈夫だろ」


「なにが、大丈夫なの」

 はじめて口にしたその疑問。まさか、あんなにやさしい大丈夫を言ってくれた人に、はじめてこんなにドロドロした気持ちの言葉をぶつけなきゃいけないなんて。
「ねぇ、健斗はどうして僕は大丈夫だって思ったの」
「だって、俺もいない部活で一人で水泳やってたけど1位になれたじゃないか」
「いい成績が取れたら僕は一人で平気なの?なんで僕は大丈夫なの」
「アキ…?なんでそんな……」

 戸惑ったような兄さんの言葉ではっとした。攻撃するような言葉を自分の口から発したのは、すくなくとも兄さんの目の前では一度もなかった。あぁ、これは言っちゃいけないことだった。
「アキ、おれ、ごめん…」
 泣きそうな顔でうつむいた兄さんは、こころなしか顔色が悪い。ああ、ショックを受けるとすぐに体調を崩すのは小さなころから変わらないな。きっと、大切にしていた玩具を失くして一週間寝込んだあの時みたいに。

 きっと、二人して「アキなら大丈夫、祝福してくれる」なんて無責任なこと言いあってたんだ。所詮はその程度なんだ。分かっていたのに、泣きたくなる自分がみじめだった。虚勢でもはらないと、もう二度とここから動けなくなるんじゃないかというほどに膝ががくがくと震えていた。まるで、自分の方が罪人のようだった。

「…いいよ、兄さん」
 兄さんは祝福されるべき人だと、こんな時でも思う自分はいったい兄をなんだと思っているんだろうか。それでも、これ以上自分のぐちゃぐちゃな感情を見せたくなくて、震える声をどうにか形にする。
「僕は大丈夫。健斗、兄さんのことよろしくね」
 早口でそう言うと、健斗はバツの悪そうな顔をして目をそらした。それが最後の合図なのだと理解して、兄さんに向けて笑顔を浮かべて見せた。「アキは泣きそうになるといつも右の口角だけあげて笑うんだな」と教えてくれたのは、健斗だったけれど、兄さんは僕のくせに気が付いていたのだろうか。

「じゃ、僕は部活に戻るから。」
 すれ違いざま、健斗は僕と目を合わせてはくれなかった。もうだめなんだと、心がきしむ。

 大丈夫。呪いのように自分にむけてつぶやく。
 僕は一人で大丈夫。もう、大丈夫。元に戻っただけだから。明日からは、また……
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