つよくてもろい君たちへ

そうな

文字の大きさ
上 下
5 / 31
第一部

ずれていく

しおりを挟む
Side.秋

 最初に違和感を覚えた出来事が起きたのは、6月のことだった。僕が兄さんと一緒に過ごす姿はもう学校になじんでいて、健斗もその間にいて当然、になりつつあった。幸いなことにこの学園で冷やかしにもあっていないし、兄さんも大きく体調を崩していなくて、僕は安心をしていた。
 折角屋内にもプールがあるからと高校に入ってからも続けることにした水泳部も、兄さんの送迎があると入部前から了承をされているから、周りよりも早く帰ることにも何も言われない。その分準備や部屋でできる事務作業をできる限り引き受けていた。
 一緒に水泳もできるだろうかと少し期待していたのだけれど、結局高校では水泳はやらないと決めた健斗は、それでもわざわざ僕が部活が終わるのを兄さんと待ってくれていた。図書室にいたり、教室にいたり、たまに見学をしてくれていたり。その日は二人とも図書室で向かい合っていた。
「遅れてごめんね」
「あ、アキ」
「いや、大丈夫だよお兄さんと勉強してたんだ」
 笑みを浮かべてこちらをみた健斗は、定期テストの勉強を兄さんとやっていたらしい。兄さんは努力を怠らない人で、家で何かをする時間が多かった分、頭のいい人だ。
「へぇ、僕にも教えてくれる?」
 そうきくと、二人はそろってうなずいた。
「もちろん、お兄さんの教え方うまいから俺も役に立てるかもな」
「健斗も理解力はあるし、定期テストもそこそこいいところいけるんじゃないかな」
「本当ですか?また明日も勉強教えてください」
 たのしそうに笑う二人の一歩後ろをついて歩く。出会ってからすぐに仲の良くなった二人にうれしい思いがある一方でもやもやとするのは二人ともに失礼な気がして後ろめたい。自分をわざわざ待ってくれているというのに、嫉妬なんてみっともない感情を知られたくなかった。


「今日から俺、お兄さんと先に帰ってるよ」
「へ?なんで」

 その数日後に健斗からいきなりそんなことを言い出されたときも、特にうまい言い訳も見つからなかった。兄さんと健斗が仲良くなることは、恋人として、弟として喜ばしいことでなければならないから。でも、いままでに覚えたことのない不安があって、すぐにはうなずけなかった。それをどう思ったのか、健斗が笑いかけた。
「だって、アキ7月から大会だろ?最初の大会、やっぱり頑張ってほしいし…でもお兄さんのことも気になるだろう?」
 たしかに、一年生の個人水泳の選手として選ばれていた。練習量も増えるし、帰宅時間のことなどは考えなければならないと思っていた。そうだ、きっと、これは健斗が甘やかしてくれる一貫なんだ。寄りかかりすぎては申し訳ないけれども、そう伝えたら「馬鹿だなあ」と笑われてしまう気がして、結局ありがたくその好意を受け取ることにした。
「ありがとう、健斗」
「いや、気にすんなよ。もう日も長いし秋はちょっと帰りが遅くても大丈夫だから」
 その「大丈夫」がなぜか妙に心に突き刺さった。べつに、何かひどいことを言われているわけではないのに妙に耳に残る「大丈夫」に、僕は曖昧にこたえることしかできなかった。


 そうだ。
 いつでも僕は自分から目をそらす。ちゃんと現実をみようとしない、僕が悪いのに。

 このとき、もっとちゃんと健斗の表情を、兄さんの表情を見ておくべきだったのかもしれない。だけど、僕は一人でも大丈夫だからとか、兄さんは一人で戻ろうとするとガラの悪いのに絡まれたり、途中で貧血を起こしやすくなる時期だから。そんな言い訳をつらつらと並べて、違和感や不満を心の奥底に隠した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈学園イチの嫌われ者が総愛される話。嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。改行多めで読みにくいかもです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

処理中です...