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【第2章】

第28話 聖女を見分ける原石は緑色

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 シリウス様はたっぷりと溜めてから、言葉を発した。

「余は、偽の聖女であるシャーロットを、引きずり下ろしたい」

「偽!?」

 いきなり飛んで来たのは、予想外の単語だった。
 本にも載っているシャーロット様が、本当は聖女ではない!?

「彼女は聖女ではない。彼女は……いや、ある意味では聖女なのだが」

「どっちですか!?」

 私が聞き返すと、シリウス様は何とも曖昧な物言いをした。
 聖女ではないが、ある意味では聖女。
 何だか、なぞなぞを主題されている気分だ。

「シャーロットは聖女だが、人間の求めている聖女ではない、という意味だ」

「はあ、なるほど?」

 分からん。
 人間の求めている聖女ではない聖女とは、これ如何に。

「うーむ。どう説明したものか……そうだ」

 シリウス様は机の一番大きな引き出しを開けると、宝石の原石を取り出した。
 磨かれた宝石ほどの輝きは無いが、これはこれで置物としてとても美しい。

「綺麗な緑色……」

「これは聖女を見分ける宝石の原石だ。聖女が触ると光る」

「へえ。そんなものがあるんですね」

 しかし、どうして今これを取り出したのだろう。
 私のその疑問には、すぐにシリウス様が答えをくれた。

「シャーロットがこれに触っても、原石は光らない」

「聖女じゃないからですか?」

「その通りだ」

 なるほど。
 シャーロット様が聖女ではない、という部分は意味が分かった。

「余は、本物の聖女を探している」

 シリウス様が、原石を撫でながら呟いた。

「聖女……この原石を光らせることの出来る人ということですね」

「その通りだ」

「…………あっ」

 ピンと来てしまった。
 もしかして、もしかするのでは。
 だからこそ、城で私を大切に育ててきたのでは!?

「……触ってみても、いいですか?」

 私の言葉に頷いたシリウス様が、原石を私の前に置いた。
 その原石にゆっくりと手を伸ばす。
 自身の鼓動が高まっていくのを感じる。
 一旦大きく深呼吸をして…………そして、触れる。

「………………」

「何も起こらんな」

 びっくりするほど、何も起こらなかった。

「なんでですか!? 今の、私が聖女の流れじゃなかったんですか!?」

 絶対に私が聖女だと思ったのに!
 肩透かしもいいところだ。

「そなたが聖女ではないことは知っていた。寝ている間に確かめたことがある」

「それなら真顔で原石を差し出さないでくださいよ!?」

 聖女の可能性がゼロなのに、期待に胸を高鳴らせながら原石を触ったことが、急に恥ずかしくなってきた。

「すまない。原石に触れる者が皆、楽しそうに触れるものだから、そなたから楽しみを奪っては悪いと思ったのだ」

「確かに楽しかったですけど、上げて落とされた気分です」

 …………ん?
 原石に触れる者が皆、楽しそうにしている?

「余は町へ行くついでに、この原石を様々な人に触らせて聖女を探している」

「なるほど」

 最高に効率が悪い。

「シリウス様が、滅茶苦茶地道に聖女を探していることは分かりました」

 それにしても、どうやって原石を触らせているのだろう。
 まさか原石に「ご自由にお触りください」と書いた紙でも貼っているのだろうか。

「話を戻しますが、シャーロット様が聖女ではないということの意味は分かりました」

「理解してくれたか」

「でも、シャーロット様がある意味では聖女、というのはどういうことですか?」

 聖女を見分ける原石に、聖女ではないと判断されたなら、聖女ではない。
 ある意味も何もないと思うのだが。

「……その話をするには、まず余の過去について話さなければならん」

「どんとこいです」

「長くなるぞ」

「望むところです」

 シリウス様が私の目をまっすぐに見つめてきた。
 シリウス様の蒼い瞳には、真剣な表情の私の顔が映っている。

「……分かった。では茶と茶菓子を用意するとしよう」

 シリウス様が、机に置かれていたベルを鳴らして合図をすると、すぐに使用人がやって来た。
 やって来たのは、リアのお父さんだ。

「茶と茶菓子を二人分、頼む」

「かしこまりました」

 少し待っていると、すぐに熱々の紅茶とクッキーが運ばれてきた。
 ふわりと紅茶の良い香りが執務室内を満たしていく。

「席に着くといい」

 リアのお父さんは紅茶とクッキーをテーブルの上に置くと、一礼をして執務室から出て行った。
 その様子を見届けたあと、シリウス様と私はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。

「これから話すのは余の過去について。余は地上を生きる者とは別の理で生きているため、理解しがたい部分も多々あるだろう。それでもどうか、口を挟まずに聞いてほしい」

「前置きが長いです。早く話してください」

「そなたはたまに辛辣よな。その度胸は好むところだが」

 そして一つ咳払いをしてからシリウス様が話を始めた。

「これはまだ余が……“俺”が、冥界にいた頃の話だ」



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