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【第2章】
第29話 シリウスの過去①
しおりを挟む陽の当たらぬ冥界には、溢れんばかりの魂が浮かんでいる。
蛍の光のように淡く輝く魂が無数に浮かんでいるおかげで、新月の夜を思わせるはずの冥界は今や薄明るい。
しかしそれは望ましいことではなく。
「どうしてこんなに魂が!? 予定になかったじゃない!」
「戦争だってさ。まったく。のんびり生きればいいものを」
「また戦争なの!? 人間は飽きないわね。命を粗末に扱うなって教わらなかったのかしら!?」
冥界に運ばれて来た魂をチェックしながら、同じ地区担当のマリアンヌと雑談を交わす。
雑談の内容は、ほとんどが仕事の愚痴だ。
「戦争のせいで俺たちは休日返上だ。勘弁してほしいよな」
「よりにもよって、担当地区内の二国が戦争を起こすなんて。嫌になっちゃうわ」
戦争をしている両方の国が俺たちの担当地区なせいで、どちらの国の兵士が死んでもここに魂がやってくる。
どちらの国が勝とうとも、俺たちの仕事は増えるばかりだ。
「そもそも担当地区が広すぎるのが問題だよな。何ヶ国担当させるんだよ」
「どこの地区もこんな感じみたいよ。人手不足が深刻すぎるわ」
手伝ってもらおうにも、冥界の誰もが他人を手伝える状況ではない。
俺たちだって別の地区の手伝いを頼まれても、手伝う余裕などない。
「ああっ!? また魂が来たみたい。いい加減にしてほしいわ。もっと生きなさいよ!」
マリアンヌは魂の光を浴びて輝く金髪をなびかせながら、魂をシッシッと追い払うジェスチャーをしている。
そんなことをしても意味が無いとは分かりつつも、やらずにはいられないのだろう。
今や彼女の大きな紫色の目の下には、くっきりとクマが出来ている。
「マリアンヌ、やつれたな」
「誰だって働き続けたらやつれもするわ。シリウスだって大概な顔をしてるわよ」
「俺、顔だけが取り柄なのに。困るなあ」
ナルシストな冗談を言うと、マリアンヌが力いっぱい肩を叩いてきた。
「力強っ!?」
「ごめん。力加減ができなかったみたい」
「それも仕事が多すぎるせいか?」
「たぶんね」
俺たちは冗談を言い合って気を紛らわせながら、ひたすらに魂のチェックを行なっていた。
行なっても行なっても終わりの見えない、確認作業を。
「こら! 暴れるな!」
「また喧嘩なの?」
「今ここにいる多くの魂は、元が人間だからな。集まれば喧嘩をするのは道理だ」
「魂だけになってまで、何をしてるんだか」
俺は激しくぶつかり合う二つの魂を、無理やり引き剥がした。
そして両方の魂をつねりつつ、説教をする。
「ただでさえ忙しいから喧嘩なんか放置したいけど、この前喧嘩を放置したら、どんどん喧嘩に参加する魂が増えて、喧嘩が大きくなっていったものね」
「ああ。喧嘩が小さいうちに叱らないとだな」
この前の喧嘩は、本当に酷かった。
二つの魂がぶつかり合いの喧嘩を始め、喧嘩に巻き込まれた別の魂がさらにぶつかり合いを始め、その喧嘩に巻き込まれた魂がさらに……と収拾がつかなくなってしまったのだ。
ただでさえ仕事が多く時間が足りないのに、この喧嘩を止めるのにずいぶんと時間を費やした。
もう二度とあんな事態はごめんだ。
「戦争をしている二国の兵士同士が喧嘩しやすいから気を付けてね」
「……はあ。ここはいつから託児所になったんだろうな」
俺が喧嘩を起こした魂を説教している間にも、マリアンヌは魂のチェックを進めていた。
作業を止めると、冥界が魂で埋め尽くされてしまうからだ。
それほどに、今の冥界は魂で溢れていた。
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